川口能活、引退。

また一人、日本サッカー界の伝説がスパイクを脱ぐこととなった。



僕が初めて川口能活を見たのが(まぁテレビ越しなんだけど)高校サッカーの清水商vs鹿実だった。
母親が鹿児島出身ということもあって非常に何となく鹿実を応援していたんですが、最終的にはPK戦まで縺れ込んだ試合を清水商が制するのでした。鹿実のエースは城彰二。今調べてみると平瀬智行もいて、遠藤ブラザーズの次男・彰弘もいました。清水商の方にも田中誠がいて、佐藤由紀彦安永聡太郎などの錚々たる顔ぶれ。
しかしあの時物心がついて間もない頃の僕の中には、川口能活の記憶しか残っていない。とにかく目立っていた。目立ち過ぎていた。イケメン。動きが派手でかっこいい。ギラついていて、貪欲で、気迫がみなぎっていた。粗もあるんだけど、全てをその攻撃性で覆って立ち向かっていた。
それから時が流れ、親に買ってもらったJリーグの選手名鑑を見て、川口能活横浜マリノスに入団したことを知った。そうか、アイツはマリノスに入ったのねと。でもマリノスには松永成立がいるじゃないか。試合出れないじゃんと子供心に思っていた。
でも史実はあたかも必然のように道を選んで行く。当時の指揮官が半ば強引にプロ2年目の能活を抜擢すると、そのままレギュラーに定着。1995年、ヴェルディの連覇で幕を開けたJリーグにおいてついにマリノスがリーグタイトルに輝いた。やっぱり読売にとっての永遠のライバルは日産。その大きな原動力となったのは、やっぱり能活だった。
歴史を作る人。扉をあけてくれる人。いつだって日本サッカー界の節目には能活さんがいた。マイアミの奇跡ジョホールバルの歓喜、初出場のフランスW杯、アジアカップ連覇、アブダビの夜、チームキャプテンとして臨んだ南アフリカW杯。
スーパースターでありながら、縁の下の力持ちでもあった。そんな人、どの世界どの業界にもいないでしょ。
失ってわかるその凄みと有り難み。そんな簡単に化け物は生まれてこないものなのよ。
キーパーがいいからと言って絶対に勝てるわけではない。しかし、キーパーが弱いチームがタイトルを掴み取ることは絶対にない。
あの頃、みんな若かったんだ。能活さんも、日本サッカー界も。勝ち気で、向こう見ずで、すごくイノセントな情熱。とても素敵な青春だった。こんなに青春が素敵だったのも、能活さんのおかげ。
最高に幸せな青春をありがとう。I miss you like crazy.



(ちょびっと余興。完全に蛇足ですが)
せっかくなので、川口能活のキャリアを振り返った時に真っ先に挙がるであろうハイライトをレビューしていきましょう。
もちろんアレです。2004年アジアカップ準々決勝、vsヨルダンのPK戦

Japan vs Jordan PK

日本1人目 中村俊輔 ❌ JPN 0-0 JOR
全盛期俊さんはこの大会絶好調で最終的に大会MVPに輝くわけですけど、このPK戦ではいきなり滑ってホームランで大失敗。芝が悪いというか足場が悪いというか。しゃーない部分もあるけど、個人的には俊さんのPKはあんまり信用していない。助走を取ってからわざわざ止まって、キーパーの動きを見るでもなく蹴るっていうのはあんまり賛同できませんよね。キーパーとタイミングが合ってしまっては止められやすくなってしまう。
実況が「EUROの時のベッカムと同じ」っていう懐かしいエピソードトーク。アレはポルトガル戦やね。あの試合はホント死闘で、試合のレベルやクオリティは大したことないんだけど、攻撃のスピード感やダイナミックさが120分間延々と続く、ものすごい情熱的な名勝負でした。途中イングランドは攻撃の核だった当時18歳ぐらいのウェイン・ルーニーを骨折で失ってしまい攻め手を失ったのが痛すぎた。ロングボールをベッカムが競るという訳の分からない攻撃をやってましたけど、最終的には得意のセットプレーからランパードが流し込み何とかPK戦まで持ち込んだんだけどベッカムとヴァッセルが失敗したんだったっけか。オーウェンルーニーの新旧ワンダーボーイズ、新進気鋭のランパードと当時まだ比較的ディフェンシブだったジェラードにスコールズベッカムが並び立つ強力な中盤、ソル・キャンベルジョン・テリーのセンターハーブスも堅かったし、全盛期アシュリー・コールもいてギャリーもいて、やっぱりこの大会優勝しておくべきだったよ、ってこの話前もした気がする。その時もGKがデイビット・ジェームスじゃあ無理ってオチを書いたんだったような。無理ならしょうがない。

ヨルダン1人目 ⭕️ JPN 0-1 JOR
向こうのキャプテンが普通に成功。叫んでます。注目すべきは能活さんで、決められた後、ゴールマウスから待機場へと移動して行くその時の仕草。鼻のあたりに手を当てています。これってみなさんもやるでしょ、笑ってるのをごまかす時にやるヤツ。鼻に手をあてて口元を隠すっていうアレよ。能活はこの場面で何を笑っていたのか。相手のキッカーの喜びの叫びが気持ち悪いのが笑えたのか。そこらへんは謎である。

日本2人目 三都主アレサンドロ ❌ JPN 0-1 JOR
アレックスは基本的にPKも上手い人なんですが、やはりここもピッチコンディションの悪さが影響してか滑ってホームランの大失敗。ものすごい絶望的なムードに包まれてしまう。
ただ松木安太郎は、解説の松木さんだけは諦めてなかった。ただ一人、ずっとずっと「諦めちゃダメですよ」と連呼している。
諦めちゃダメってわかっちゃいるけど、その意思を貫くことって決して容易ではないよ。希望を持っていたら、ダメだった時の絶望に余計凹まされる。それだったら諦めた方がダメージが少ないと。
でも松木さんはいつだって信じている。可能性がある限り、希望がある限り、信じてみようじゃないかと教えてくれる。信じることで始まることもあると。
松木さんは僕の憧れの大人なんです。この人のように聡明で誠実な大人になりたいなとずっと願って生きています。
そして願わくば、松木さんが生きている間に、松木さんにサッカー日本代表がW杯優勝を果たす瞬間を見届けて欲しいとか、考えてます。
建英、卓大。頼んだぞ。

まさかまさかのサイドチェンジ
ここで慌てて宮本恒靖が審判の元へ駆け寄る。This is no fairとか言ったらしい。英語が喋れるとか顔がカッコイイとか、オーバーヘッドも得意とか、ディフェンス以外は結構何でも出来るのが恒靖の良いところやね。我らが長谷部誠もそうだったように、イケメンのキャプテンが審判に詰め寄るというのは非常に絵になる。
最初使っていた方のピッチは左利きのキッカーの軸足が滑ってしまう状況にあった。結果的に日本はこの後レフティーが2人も控えていたため、もしここで恒靖が抗議してなければさらなる傷口が広がっていた可能性がある。本当にビッグプレイだった。
しかし2人目の先攻が蹴ってのサイドチェンジだと不公平過ぎますよね。せめてヨルダンの2人目も蹴らせてから変えるか、あるいはアレックスをもう一度やらせるかにしないと、不公平。
実際コートチェンジ後アレックスが蹴る気満々で再びボールスポットへ向かってますが、あれくらいのアピールはしていい。ダメと突っぱねられるシーンはちょっとコミカルで笑えますが、行いとしては正しいと思うね。
ちなみにあのマレーシアの主審はその後もいろんな試合で見ますが、けっこう反日の審判です。信用しないように。

ヨルダン2人目 ⭕️ JPN 0-2 JOR
こいつはレフティーだったのでヨルダン的にはラッキーだよな。さっきのピッチならこいつも滑ってたのではないか。
顔も利き足も雰囲気がヨルダンのファン・ペルシみたいな感じ。間がだいぶ空いたので相当蹴りづらかっただろうに、なんとこいつがめっちゃ上手くて、タイミングの取りづらい蹴り方で見事能活の逆を突くのでした。理想的なキックで2点差という大きなリードを得る。

日本3人目 福西崇史 ⭕️ JPN 1-2 JOR
絶望的な流れで日本は爽やかヤクザこと福西が登場。深呼吸してからスタートしてますが緊張してたんかな。それともルーティーンか?
蹴る直前にキーパーを見て、それできっちり逆の深いところへ流し込む。これは上手い。やっと入って1-2。

ヨルダン3人目 ⭕️ JPN 1-3 JOR
ヨルダンの3人目も上手かった。スムースな助走からきっちりキーパーの逆をつき1-3。
ものすごい仰々しいガッツポーズも飛び出してて、ちょっぴりフラグ感が漂いますが、気持ちはわかります。2点差をキープという圧倒的有利な状況のまま終盤へ。

日本4人目 中田浩二 ⭕️ JPN 2-3 JOR
外れればヨルダン勝ち、日本の敗退という状況。
この試合途中出場だった浩二が4人目。またレフティーかよ。
引退試合では思いっきりソガにPKを止められていた浩二ですけど、本当はPK上手いし、PKのみならずこの人のプレースキックには味がある。独特の嗅覚があるせいで合わせる側に回されることが多いんですけど、キッカーとしての運用も見てみたかったな。
相手GKに方向を読まれていたが、コースもスピードも申し分なく、綺麗にネットを揺らした。
決まった後、能活に声をかける浩二。気遣いの男の本領発揮が、日本の未来を鮮やかに導いて行く。
直後カメラが日本のイレブンを一部映しますが、笑顔の浩二、アフロの中澤佑二、迫真顔の鈴木隆行が目立つ中、一際目を引く坊主の選手は故・松田直樹ですね。地味ながらこの試合に参加していた。マリノス勢多いっすね。RIP。

ヨルダン4人目 ❌ JPN 2-3 JOR
決まればヨルダン勝ち、日本の敗退という状況。
能活は真正面を見据えている。
相手キッカーはもう目も泳いでるし顔も泳いでいるような感じ。緊張しますよね。
思いっきり左に蹴ったコースはそんなに悪くなくてスピードもあった。しかし、集中の極みにいる能活がこれを横っ飛びで弾くと、ボールはクロスバーを叩き、枠に入ることはなかったのだった。
魂のビッグセーブ。ギリギリまでこらえ、ボールが飛ぶ瞬間の反応の力に賭けていた。そして完璧なセービング。なんとかしのぐことができた。
なんとか土壇場で踏みとどまった形にはなったものの、依然として危機的な状況は続いている。

日本5人目 鈴木隆行 ⭕️ JPN 3-3 JOR
外れればヨルダン勝ち、日本の敗退という状況。
ここでキッカーはまさかの隆行。冷静に考えて気が狂ってる。なんでこの場面で隆行なんだよと。
でも大事なところで鹿島2連発と考えると納得が行く。やっぱり勝負所はアントラーズに限ると。当時の監督はジーコだし、そう考えてもおかしくないわな。
隆行のPKは意味のないゆっくり助走から止まって蹴る俊さん型の蹴り方で僕の嫌いなタイプの蹴り方なんですが、まぁ隆行は凡人が理解できるような人ではないからね。孤高の存在なんよ。
そういやまたしてもレフティー。日本は5人中4人が左利きのキッカーという異常っぷり。サイドチェンジしてもらって助かったよ。
またしても相手GKに方向を読まれていたが、コースが良かったので何とかネットに吸い込まれてくれた。
長髪をなびかせて颯爽と帰還する隆行は様になっていますが、実際はギリギリです。危なかった。でもまぁ結果を出すことに関して言えば、隆行は日本屈指のFWだ。絶対大丈夫だし、もしダメだとしても諦めがつく。隆行がダメなら、まぁ無理だったんだよって思える。
...っていうのも結局この試合勝ったから言えるのであって、もし実際隆行が止められでもしたら発狂してただろうね。何でアイツに蹴らせたんやと。
でもそんなifは無意味すぎる。成功したし、成功するからこそ鈴木隆行ということなんだよと、あらためて思うね。
よし、これでひとまず3-3。しかしこっちは先行で、ラストに相手のひと蹴りが残っている。依然として絶望的な状況は続いていた。

ヨルダン5人目 ❌ JPN 3-3 JOR
決まれば当然ヨルダン勝ち、日本の敗退という状況。
ちょっと落ち着きがなさそう。
助走をとって丁寧にインサイドキックで右に蹴るが大きく枠を外してしまった。ちなみに能活も全く同じ方向へ飛んでおり、たとえ枠を捉えていたとしても止めることができてたと思う。
追いついた!!! なんとあの絶望的な状況から、日本が奇跡的に追いついた!!! これでサドンデス!!! イケる!!! 絶対勝つぞニッポン!!!

日本6人目 中澤佑二 ❌ JPN 3-3 JOR
ここでボンバー。ガムクチャアフロ。ふてぶてしい佇まいに、思わず実況も「落ち着いています」と形容する。
しかしわりと緊張しいの中澤が落ち着いてるわけがない。別にキックも上手くないし。
またもやゆっくり助走かよ、意味ないんだってば。ゆっくりだとGKがタイミングを取れちゃうんだってば。
コースは良さげに見えたがスピードがなく、GKが完璧に弾き出している。
キーパーとタイミングを合わせちゃダメなのよ。タイミングが合えば止めやすいからね。タイミングが合ってないと、たとえ方向やコースを読めたとしても触れなかったり弾けなかったりする。わかりやすい例で言えば、なでしこジャパンが2011年のW杯で優勝した決勝でのPK戦、3人目の阪口夢穂さんのキックはコースもスピードも心底イマイチだったが、相手GKのタイミングを外していたおかげで脇を抜けてゴールという最高の結果を得ている。
ゆっくり助走をとってもいいけどそのかわり物凄い強烈なスピードボールを蹴るか、キーパーの逆を突きましょう。
世界を夢見るサッカー少年サッカー少女の皆さんは、2015-16シーズンのUEFAチャンピオンズリーグファイナルのPK戦ギャレス・ベイルの見事なPKを参考にしてください。あの足首の強さをぜひ身につけよう!!!(無茶振り)
ちなみにこのGKはその後もヨルダン代表として何度も日本代表と戦っている。一番記憶に残っているのはブラジルW杯アジア最終予選のアウェーゲーム。引き分け以上でW杯出場権を得ることができる日本の同点のチャンスのPKを止めたのは、このキーパーでした。良きライバルという感じやね。しかしあのPKが決まってれば予選残りの試合を消化試合にできて新戦力発掘もできたかもしれないのに、みすみす逃してしまったのは、のちの日本サッカーの進歩を4年分遅らせてしまったとして僕はものすごい憤りを覚えている。今でも思い出しては腹が立つ。あの試合ようやく念願のトップ下で出場したのにヨルダン相手に完全にノーインパクトに終わった香川真司と、あのPKを普通に止められやがった遠藤ヤット。ホントあの2人はカスです。ゴミです。

ヨルダン6人目 ❌ JPN 3-3 JOR
話が逸れてしまいました。中澤の失敗で再び窮地に立たされる日本。
決まれば当然ヨルダン勝ち、日本の敗退という状況。
もうここまで来れただけでも奇跡、いくらなんでも流石に能活を持ってしても3回目は無理だろうと、結構な人が諦めに近い感じで見ていたに違いない。
再び真正面を見据える能活。相手はヨルダンのストライカー。
的確な助走から右に蹴られたボールはコースこそ甘いが十分なスピードで飛んで行っているように見える。
しかし!!! またしても川口能活が救う!!! 素早く反応するとボールをなんとか弾き出す!!! そのボールはまたしてもクロスバーを叩くと、枠の外へと跳ねて行く!!!
凌いだ!!! 助かった!!! またしても能活!!! 凄すぎる!!! 本当にすごい!!!

日本7人目 宮本恒靖 ⭕️ JPN 4-3 JOR
なんとか命を繋いだ日本。PK戦のキッカーもいよいよ7人目。
ここでようやくキャプテンが出てくるんですけど、どんだけ責任感ないんやこの人は。はよ早めの順番で蹴らんかい。
しかも上手いのが笑える。華麗にキーパーの逆をつく鮮やかな成功。
ホントこの人はディフェンス以外は素晴らしいのよ。もしかしたら山村和也タイプの選手だったのかもしれない。
まぁそれはさておき、ここで初めて、7ターン目にして初めて日本代表がリードを奪います!!! よし、これでイケる!!!

ヨルダン7人目 ❌ JPN 4-3 JOR
ヨルダンが失敗すれば日本の勝利が決まります。
だいぶ心理的にアドバンテージを持っている日本。能活が止めてくれるだろうと安心感すら覚えている状況。
相手のキッカーの助走が無駄に長い。速く走るのはいいことなんだけど、助走が長いとそれはそれでタイミング合うと思うんだけどなぁ。
すると上手くキーパーの逆をついたのだったが、カジュアルにインサイドキックで蹴られたボールはゴールポストを叩いてしまうのだった。
残念。クロスバーもポストも、全部川口能活なんです。ゴメンね。
ということで、なんと日本代表が奇跡のPK大逆転勝利!!! あの絶望的な状況から、奇跡の準決勝進出を果たしたのでした。
スーパーヒーロー能活の元へ駆け寄る日本のイレブン。特に俊さんやアレックスは救ってくれてありがとうという安堵感あふれる表情で能活と抱き合っている。


続く準決勝のバーレーン戦もまた再び地獄のような死闘となったが、PK失敗組の俊さん・アレックス・中澤が皆活躍をするという激アツの奇跡、激アツの勝利となっており、本当に熱い展開、熱すぎる闘いの日々であった。
このアジアカップのみならず、ジーコジャパンというのはいつ何時でもどんな相手にでもギリギリの名勝負を繰り広げてしまう最高のエンターテインメント集団でした。苦しい展開からロスタイムでの劇的なゴールを何度見たことか。あの戦いの日々。いろいろあって苦しい瞬間もたびたびあったけどさ、ホント楽しかったよね。


サッカーは本当に素晴らしい。