西岡剛

正直言うと僕はロッテファンでも阪神ファンでもないため、そんなに西岡のプレーを追ってきたわけではない。でも2006年のWBCで初めて真剣に彼のプレーを見て以来、僕は西岡剛のファンである。
とにかくスケールが大きかった。野球の洞察力に優れていて、頭を使いながら、ベースにあるアスレッチックなポテンシャルを最大限に発揮できる選手。足も速いし、肩も強い。右打席はパワーがあって長打を狙えるし、左打席は巧みに広角へ打ち分けることができる。何をやらせても不器用になることがない、類稀なセンスの持ち主だった。
2006年、僕は当時パリーグだとホークス推し(注:今は違います)で、WBCでもホークス勢に頑張ってもらいたいとずっと思ってた。同じ遊撃手の西岡を差し置いて川崎宗則がショートに入ったんだけど、攻守に目立つのはセカンドに回った西岡ばかりで、大会序盤はちょっと嫉妬もあったのよね。直近のプレーオフでも涙を飲まされた相手の中心選手だったわけで、憎き相手という認識はなかなかとれない。素直に応援できない感じもあった。ただ同時に心の中で、ああコイツにはかなわないな、ちょっと次元が違う選手なんだなと認めざるを得ない心境もあったんだと、今にして思っている。
あの時西岡はまだ21歳だったんだな。凄すぎる。


僕が西岡のファンになったきっかけのプレーがある。日本の野球史に残るビッグプレーでありながら、あまり語られることのない気がして、心底納得がいかない。なんJが野球板になる前の時代の出来事とは言え、懐古好きななんJ民がこのプレーの話をしているのを見たことが無い。
なので、僕がここに記します。
2006年WBC決勝のキューバ戦。幸先よく先制した日本は一時5点のリードを奪うもその後じわじわと反撃を許し、8回裏にはこの大会終始不安定だったリリーフの藤田宗一フレデリック・セペダに2ランホームランを浴びてついに1点差となってしまう。早くもクローザーの大塚晶則を投入してなんとかこの回は終わらせたが、残る9回の攻防、何としてもリードを広げたい日本であった。
先頭の金城龍彦がサイレントデッドボールで出塁し、続く川崎には当然バントのサイン。しかしこの試合硬さが見えるムネのバントはチャージの良かった相手サードの真ん前に転がり、セカンドフォースアウト。エラーするわバント失敗するわ何やっとんねんというところなんですが、それ以上に気落ち。嫌なムードが日本ベンチにも、日本の視聴者側にも流れまくっていた。ヤバイ。やばすぎる。これじゃあ絶対サヨナラ負けだと。リードしているとはいえ、絶望的な空気に包まれていた。
9回表、1アウト1塁。バッターボックスに西岡剛が入った。(動画の52分ごろです)

相手の虚を衝く完璧なプッシュバント。セカンドのユリエスキ・グリエルをもってしても防げないような、完璧なセーフティーバント
このプレーで息を吹き返した日本はその後イチロー福留孝介のタイムリー等4点をあげ試合の流れを再び掴んだ。最後は大塚が裏の反撃を1点に抑え、日本代表が第1回WBCのチャンピオンに輝いたのである。


ビッグプレーとしか言いようがない。バント失敗という気落ちしたムードの中、再び活気をもたらし、チャンスを広げた世紀のビッグプレー。
おそらく西岡の頭の中には、最悪自分が1塁で殺されてもいいという計算もあったに違いない。セーフティーにならなくても2死2塁でイチロー松中信彦(この大会好調だった)の形を狙う方が、連打で得点を期待するよりも確率が高い。とにかくランナーを得点圏に進めることが大事で、それがバントという形になったのではないか。
しかもやるなら初球がいい。攻撃側が様子見をするのが妥当な場面で、守備側も様子見の投球をする可能性が高く、それならワンチャン初球からかましていくべきだと。構えもギリギリまで見せず、セーフティーのような形が一番悟られにくいと。
しかも結果はセーフティー。あの極限の状況で、あの絶望感も漂っていた状況で、あの思考、あの戦術眼、そして実行する力、完遂する力。最善を見極め、最善を選択し、最善を尽くし、最良を手に入れる。そして最高の栄誉を授かるという。
本当に衝撃のプレーだった。テレビで観てて、あそこでバントなんて考えてなかったし、初球から、しかもプッシュでっていう発想なんてあるわけがない。西岡がバットを寝かす瞬間にびっくりして「えっ、バント?!」と言葉にならない状況になり、ボールが相手セカンドの前に転がっていき、駆け抜けた西岡の冷静で力強いガッツポーズを見て、初めて目の前で行われたプレーの価値、このビッグプレーの凄みを理解して、僕は大きな声で叫んだ。なんてすごいんだ、なんて頭がいいんだ、天才すぎると。僕はそんな感じのことを叫んだ気がする。


野球の奥行きや広がりを理解してるんだよな。確かな眼があって、試合を理解する。
だから勝利への道筋を見つけられるし、最善の手を打つことができる。
勝利のためには自己犠牲も厭わない。このバントだって結果はセーフティーだったけど、自分の生死は多分二の次だったんじゃないか。
やっぱり、西岡剛はチームプレイヤーだった。チームのために、チームの勝利のためにプレイする、頼り甲斐のある男だった。


残念ながらその風貌やオプティミスティックすぎる言動や振る舞いで誤解され続けた存在だったのは間違いない。ネタキャラとまではいかないにしても、ピエロというか、道化というか、そんな扱いをされるのが大半だった。
でも、いつだってチームの勝利のために己を焦がし続けていた。責任感が強く、プロ意識もしっかりしていた。地に足は付いていた。
ロッテ時代の応援グループMVPへの涙の訴えも、阪神時代の賛否あったグラティポーズも、野球以外は不器用だった男の精一杯生きた様である。
まぁもうちょっとやりようはあったかなと思ったりもする。なんでそんなことしちゃうのかなぁなんて思うこともあった。
でも僕は西岡のプレーは好きだったな。
坂本勇人松井稼頭央とはまた別の、強い個性を持った名ショート。


できればヤクルトに来て欲しいんよね。成瀬と大松が戦力外になってまたパリコレしたいしね。
ぜひ。