野田クリスタル『野田の日記』読了

人間誰しもが自分の人生を過ごしている。程度の違いこそあれ、それぞれにそれなりにドラマティックに生きているわけだ。
大事なのはそれを捉え認識する豊かな価値観と、鮮やかに奥行き深く綴るための確かな文章力。
それさえあれば、いい日記を書けるはず。



今回紹介する本は、マヂカルラブリー野田クリスタルが2006年からネットに書き始めた日記を書籍化したものである。元々はファングッズとして吉本から限定発売されていたものを加筆修正して2021年に公式リリース。
感想を書いていこうと思うのだが、ネタバレもあると思うので注意。




皆さんはマヂカルラブリーと聞いてどのようなイメージを持っているだろうか。
お笑いコンビとして舞台に上がるマヂカルラブリーは我流で型破りで良くも悪くも独り善がりな、むちゃくちゃをやる芸人。
しかし、平場での彼らはどうだ。穏やかで思慮深い、聡明な二人。野田も村上も実にスマート。立ち振る舞いも言動もスムース。無駄に騒ぎ立てることもなく、気品とユーモアたっぷりに語る。
M-1グランプリ2020優勝で自信も箔も付き、ますますの快進撃が期待される名コンビ。


皆さんもご存知の通り、長い芸人キャリアを誇る野田クリスタル
松本人志の『遺書』を読み目覚めた野田光は、高校1年生の15歳の時に学校へ行こう!のお笑いインターハイで優勝、16歳で吉本のオーディションに合格してからの長い長いキャリア。
(ここら辺の流れ、M-1優勝までの大まかな流れはぜひ『しくじり先生』の#80、#81を参照されたい)
今回の日記はマヂカルラブリー結成前、つまり最初のコンビである役満を解散し、続くコンビのアンビシャスも解散して、孤高のピン芸人野田クリスタルとして活動している時期から始まる。
売れるまであと10数年。確固たるものもなく、鬱屈とした日々なのは否定できないところ。
しかし、そうは感じさせないのが野田クリスタルの非凡さである。
印象的なのが、そのふんわりと穏やかな文体だ。
高級フレンチのシェフに無茶苦茶したり、電車のつり革に捕まらなかったりするあのキチガイとは思えないような、実に穏やかな文章。
例えばバイト先の郵便局で起こる出来事。文章が丸くて柔らかいので、すごくほのぼのとふんわりした感触。実際の内容としてはバイトあるあるっぽい面倒な上司とのやり取りとか社会人的な苦労も多くて辛かったりするんだけど、それをそこまで感じさせずにまったりしたエンターテインメントに仕立て上げる野田の文章は高く評価していい。
活動していく中で一緒になる芸人たち。フェートインとフェードアウトを繰り返していく登場人物たち。今をときめく有名どころが出てきてテンションが上がる一方、2021年現在で名を聞かない芸人も多数いて、残酷で険しい世界。そのエピソードトークも、独特の視点から綴られてはいるものの奇を衒っているわけではなく、あくまでもナチュラルに捉えて優しい言葉にしている。
日記のネタに窮して下ネタに逃げることもあるけど、決して下品ではない。村上春樹オマージュな流れから野田クリスタルらしい実にしょうもないオチにつなげたりと、意味もなく無駄に感心させられたりする感じ。
そして、相方の村上。残念ながら出会いのシーンが綴られることはないが、結成初期の仕事から細かく記録されていて、実に興味深い。
この本、この日記に登場する村上が、本当に魅力的。殺伐とした世の中をあっさりとしなやかに生きる村上。楽観的でおっとりしてて、素直でポンコツ。野田の言葉で形容されることで、より愛され感が増していく。
いくらか盛ったり、多少のフィクションもあるんだろうけど、村上を取り上げ、村上を綴る野田。
BLとかではなくて、本当に相性がいいんだろうなと感じる。
無意識に滲ませる信頼や友情が何とも言えず可愛らしくて、こういう照れ臭そうな野田も実に魅力的だ。
本質の二人はいかにもこんな感じ。本当にラブリーで、人間的な愛され力が尋常じゃない。
野田はそこまで気に入ってない様子を出してるけど、僕はマヂカルラブリーというコンビ名は完璧だと思ってる。魔法のような目眩く世界へと導いてくれる、めちゃくちゃラブリーなオッサン二人。最高じゃん。


本は2冊に分かれていて、上巻にあたる2006-2011の方はのどかな感じに包まれている。実家住まいで、まだ若い分リラックスしたモラトリアムに甘えながら生きている。
しかし下巻の2012-2021。郵便局のバイトも終わり、一人暮らしも始まり、歳も重ね、今までのようにはいられない。
文章は依然として穏やかだが、行間から溢れ出す焦燥感がまた趣を変えている。
具体的な言葉にはしていないが、苦悩や葛藤が滲んでいて、読者は自然と同じ思いを共有することになる。
正直、下巻は重い。読んでいて苦しくなってくるが、目をそらしてはいけない。少なくとも野田クリスタルは直視していた。
みすぼらしくて痛々しい現実から逃げることなく、精一杯生きていた。
やっぱりお笑いが大好きなんだ。
これも具体的な言葉などなかったけど、胸の奥底に秘めたお笑いへの熱い熱い思いはいつだって消えたことはない。
年齢を重ね、経験も積み、パンプアップに成功した結果、趣向は多少動いただろうけど、一途さは変わらずにいた。
結末は誰もが知っている。完璧ではないにしても、光り輝く勲章。
そこに至るまでの道のりは、実に長く曲がりくねった愛おしすぎる日々。
この先何回も読み直すかどうかはわからんけど、素敵な芸人自叙伝でした。
僕自身の人生とシンクロする箇所はあんまりなかったけど、初めてバイトした時のこと、就職したあたりのこと、家族のこと、実家のことを思って、ちょっと考えさせられたよ。
あらためて感謝。特大の感謝。当たり前じゃない。当たり前なんかないんだと。


マヂカルラブリー頑張れ!!! 野田ゲーもオールナイトニッポンも楽しみです。
www.youtube.com
www.youtube.com