ラノベ調にG

(若干、閲覧注意)





業務の開始は9時。それまで僕はボーッとしていた。いつものことである。
若い女の子たちの喧噪は何となく聞こえている。意識は全く働いていない。
「キャーーッッッ!!!!」
ものすごくテンプレな叫び声が聞こえた。
どうせ大した話ではない。だいたいの予想はついている。僕は変わらず虚空を見つめたまま、ボーッとしている。
正義感の強い先生が様子を見に行く。成果を得てくれればいいが。
...ほどなくして、学生が僕のところへやってくる。
「先生、診療室にゴキブリがいました!!」
だから何やねんと。そんなこと報告されても知らんがなと。
心の準備はしていたし、わりと手慣れている展開ではある。通算4回目ぐらいか。どんな職場だよ。
そそくさと業務用のゴム手袋を手にはめて、臨戦態勢。
壁に備え付けられているペーパータオル入れの隙間に器用にも居座っているG。
潰すのも結構だが、後処理のことも考えて、生け捕り。
逃げられないようにペーパータオルと自らの手で包囲し、ゲット。
ゴム手袋ごしに伝わる体温。生と死のはざまでもがく最後の大暴れ。
捕まえた右手の手袋を外すのと同時に裏返しにし、続けて外した左手の手袋でそれを包み込むことで封鎖完了。
どこのゴミ箱に捨てるか案じている間、遠巻きに見てる学生達からまたキャーッの声がする。ゴキブリを持つ僕に近づいてほしくないらしい。
まぁそれは構わないが、一応駆除してあげたんだから、何かしら感謝の言葉をいただいてもいいんじゃないのとか思った。
別に感謝されるためにやったわけじゃないが、ありがとうございますの一言ぐらいはあってもええやろと。
感謝というのは人に言葉を伝えて伝わって初めて成立するものであると、僕は思っている。言わなきゃ。
まぁそもそも感謝すらしてないかもしれんね。多分そうだ。
遠いところのゴミ箱に手袋を捨てて戻ってくると、さっきの正義感の強い先生からねぎらい風の言葉。そりゃどうも。



しばらくして別の日。
職場のトイレの個室。穏やかな時間。
当然前触れなど無く、唐突にやってくる。
用を足し、ウォッシュレットで洗い、トイレットペーパーを引っ張った。
なんか紙の一部分が茶色く汚れているなぁと認識したすぐその瞬間であった。
いつもの調子で飛び出してくるG。
声にもならずビックリしている僕は、フルチンのまま距離を空けて立ち尽くすしかない。
幸いGは奥の方へと進んで行った。幸いこの個室はペーパーのスロットが2つある。
汚れてない方のトイレットペーパーで素早く尻を拭き、パンツ&ズボンを履き、水を流しながら逃げるように個室を後にした。
敵ながら、見事なリベンジである。
しがしながら、どうやったらあんな隙間に忍び込めるのか。甚だ謎である。




この前「一人暮らしの天敵で打線組んだ」スレでも4番を打っていたGですけども。
あいつの恐ろしいのはその奇襲っぷりと、勝負勘の鋭さなんだよね。
別に広大な土地でアイツと相対するのは何の恐怖も無い。普通の原っぱでエンカウントするGなんてワンパン。パンチはせんけど、ワンキックレベル。相手にならない。原っぱって死語だよな。
しかし、狭い室内でヤツが現れて来たときの恐ろしさたるや。穏やかな部屋に突如降り掛かってくる恐怖。あんな緊張感、なかなか人生で味わうことは無い。
まわりに誰かいたら大丈夫なんだよな。外であったりとか、公の場であれば、別に恐れをなすこともない。
部屋で一人でいて、それで出くわすとヤバい。あの茶色のボディに圧倒され、威圧される。
こちらが一人で平和に佇んでいるときを見計らって襲いかかってくる。結局は1対1だよなっていう。


つまり、いつも気構えしておけということなんだろう。
いつだって、ふとした瞬間、何気ないきっかけで出会うかもしれない。
今の今だって、きっとアイツは潜んでいる。
そう。この文章を読んでくれたあなたも、今振り返ればすぐそこに。