Eminem『Relapse』第一印象

さあ、全世界待望Eminemのアルバムだ。

もっと何周も聴き、自分の中でしっかり煮詰めてから文章にするつもりだったが、たった1回、通して聴いただけで言いたいことが溢れ出してきた。収まらないので、どうせなら生々しく爆発させたる。

「(悪癖、病の)再発」との意味を持つ言葉『Relapse』というアルバムタイトル、さらには先行カット"We Made You"の内容やPVで見せた調子から、昔ながらのSlim Shady復活!と予想されていたのだが、まんまと騙されたね。
大方のリリックを構成しているのは、「ヒステリックで薬物依存性の殺人鬼」とでもいうべき新人格。ホラー映画のような描写が巧みな言葉選びによって紡ぎ出されていて、Emの引き出しの多さにまたも感嘆させられる形となった。
ただ、ボーっと聴いているぶんには、さほど恐怖感みたいなものは感じない。Emのラップが飄々とテキトーなアクセントでもって発せられてるため、緊張感は出てないし、言葉も直接的には入ってこない。
その結果、一聴して僕の中で残ったイメージというのが、「なんか、思いのほかロックでヒップホップなアルバムだなぁ」という印象である。
(本当は生々しいのに)抽象的に響く歌詞、『Detox』の発売が心配になってくるぐらい強力で、しかもEminemと組むときモードではないオーセンティックなDr.Dre渾身のビーツ、時折AutoTuneをも交えながら苦々しく歌われるEmの鼻唄..なんか、Eminemが普通にヒップホップをやっている。
例えば"Same Song & Dance"にて「ケツを振れ!オマエの持ってるモン見せてくれよ」というベタでいかにもなstraight party hookが用意されてる点。昔の"Come On Everybody"での逆説的な皮肉もないし、"Smack That"や"Shake That"あたりの照れ臭さすら取り払っていて、驚いたね。
さらには"Beautiful"なるロックバラードにもビックリ。「オマエは美しくないなんて誰にも言わせない」、というメッセージはChristina Aguileraの同名曲を思い出させるが、今まで道徳とは真逆の位置に存在していたEminemというラッパーがまるでNasやTalib Kweliのようにポジティブなメッセージを打ち出してきたのは興味深い。


ここからは完全に僕の仮説だが、もしかしたら、Emもいい加減ほかのラッパーと同じ様に本当にラップだけで勝負したかったのかもしれん。
Slim Shadyという恐ろしく見事なオルターエゴをもってシーンに登場したEminem。ただ、前作『Encore』に漂っていた疲弊感&擦り切れ感にも表れてる通り、本人的にも芸能ネタは尽きてきたし正直どうでもよくなってきて、とにかくラップそのもので勝負したくてたまらなかったのではないか。パーティーもの、コンシャスものもやりつつ、一番は『Eminem Presents The Re-Up』でも見せてたような言葉遊び風リリックでのストレートなラップ。バトルMC出身者だけに、これがやりたかったのでは。
それゆえ今回は別の人格を作ったんでしょう。バトルラップにぴったし合うような新人格、殺人鬼。
それゆえ今回はDreのプロダクションが違うんでしょう。Shadyに合わせた、いつものillでcrazyなトラックではなく、重厚で音圧が凄まじい迫力あるオーセンティックなDre's Track。まぁShadyじゃないから当然か。

「そんなに普通のヒップホップやりたいのなら最初からやりゃいいのに」とか思うリスナーもいるかもしれないが、それは違う。Emは実際、デビュー前に『Infinite』という自主製作盤にてそれをやっているのだ。ただ、その反応は芳しくなく、「なんでオメェみたいな白人がNasやAZの真似してんだよ」とか言われたそうな。
そりゃそうかもしれない。黒人の文化であるヒップホップ、それを普通に白人がやったところで嫌みにしかならない。
Eminemの場合、その後Slim Shadyなるオルターエゴをもって有無を言わせぬ凄みを見せつけて成功した。トップクラスの地位を築き上げるまで行くことができた。
そして、地位を築き上げた今なら、若干ベタで真っ直ぐなヒップホップをやっても文句は言われないはず。ヒップホップの建設に大きく貢献したその功績をもってすれば、オーセンティックなのをやっても非難は出ないはず。だからこそ、このタイミングでの方向転換。こういう極めてヒップホップなアルバムを作ったんじゃなかろうか。
(そう考えると、今作の発売日一週間前というタイミングで、例の『Infinite』がthisis50.comにて無料ダウンロードという形で公開されたのも納得が行くはずだ)

Eminemはシャイだから、そういう細かい変化、こだわりとかを悟られないよう、色々なカモフラージュを入れている。従来のEminem作品と変わらないイメージを与えるべく、先行カットはお決まりのShady節にしてきたし、芸能ネタもちょっとは組み込んでる。Paul RosenbergやSteve Berman、Ken Kaniffといった名脇役たちによる笑えるスキットも健在だし、変なアクセントでラップすることで「またアイツは下らんことやってんだな」という表面的な印象を与えようとしている。
でも、しっかり聴けばわかる。Eminemは変わった。これからもラップをし続けていくために、表現の幅を広げたのだ。これからもラップしたいから、表現の幅を広げたのだ。
昔Emは"Soldier"という曲にて「言いたいことが無くなったら、さっさと引退してNew Jerseyにでも隠居するよ」とか言ってたけどさ、そんなことある訳ないよね。だってEmほどラップが好きな男はいない。小さい頃はラップだけが救いだったって、いつも彼は述懐している。大好きなラップを続けていきたい。彼は今、すごくそれを思ってるはず。

Slim Shadyというある種の呪縛から解き放たれ、幅が出来たEmには、たくさんの希望が広がっている。例えば、Slim Shadyでは困難だった、いろいろなコラボレーション。噂に出ていたところだと、Primo大先生を筆頭にSwizz、Amy辺りとの絡み、さらには"Renegade"のリベンジに燃えている(?)Jay-Zとの共演等がありますが、ひょっとするとそれら全ては年内発売予定の『Relapse 2』にて公開される?!早くも待ちきれません!!!
以上です。ご清聴、ありがとうございました。



P.S. 1つ、わからんのがアルバムタイトルよ。結局、relapseはどういった意味で付けられたのか。「Eminem(もしくはSlim Shady)という病の再発」とは考えにくいし、何なんだろう。「(Nasのような)ラップスターになりたい病の再発」??わからん、わからん。
これも次回作にて明らかになるかもしれんね。ったく、SteveがちゃんとEmの話を聞かんから、真のコンセプトとかが未だわからないやんけ。

まぁ、現時点でわかったのは、今年も『Detox』は出ない可能性が高いということ。19曲もプロデュース&ミックス、お疲れ&サンキュー。