H.F.M.2 を迎えるにあたって (長文)

Lloyd Banksの『The Hunger For More 2』が間もなく発売になりますよね。
従来のニューヨークハードコアファンに留まらず、わりと全体的なヒップホップファンにとって今年一番の待望作になっているし、50 CentもG-Unit浮上のまたとないきっかけとなる重要なプロジェクトとして捉えているはず。
一体なぜこういう風の吹き回しになっているのか。どちらかと言えば渋めの存在である彼が、如何にして着実なbuzzを獲得していたのか。
その過程を記していきましょう。



G-Unitがメジャーに進出していく中で、Banksは当初から一定の支持を集めていたと思う。Unit屈指のリリシズムもさることながら、当時はその声の苦味が印象的だった気がする。本人的にもベースの利いたボーカルを活かすとか言ってた気がします。しかもあの時は二十歳になったかなってないかの若さだしね、有望なヤングスタとして50に負けないポテンシャルを窺わせてました。
ソロデビューも案外華やかに成功させている。"On Fire"はシングルチャートを駆け上がったし、アルバム『The Hunger For More』(2004)も実に手堅くまとめあげていたしね。あまりにも型にハマりすぎた王道作ではあったけど、上々の出来に満足感は高かった。
「同じグループからスターが二人以上出ることはない」というのは定説だけど、プラチナディスクを達成したBanksにはそれをぶっ飛ばすぐらい勢いがあった。若いし、長くニューヨークを支えていくだろうと。


しかし続く2年後のセカンドまでに、状況は一変していくのです。
いわゆる50とGameのやりとりの泥沼化。無駄に威勢と技巧に優れるGameの攻撃に、終始押され気味のG-Unit。かつての無敵帝国に綻びが見え始めてしまった。
逆風に近いシチュエーションの中リリースされたセカンド『Rotten Apple』(2006)。50やEm直系の手堅いビートで占められていた前作から一転して、意外なまでにソウルフルな感触を採り入れた意欲作なのは、今聴いてもつくづく意外だよな。
楽曲のタイプとしては、Beanie Sigel『The B.Coming』や(順番は前後するけど)Prodigy Of Mobb Deep『Return Of The Mac』あたりに近いような、ソウルフルなんだけどBlueprintの繊細さ・情緒と言うよりは骨太の男らしさを出したような感じかな。
似合わないようでいて、No I.D.復活の第一歩となったG-Unitのメロウ名曲"Smile"はBanksのソロだし、ファーストにもAvantを迎えた佳曲"Karma"があったりと、実は無くはない路線だったわけだ。
もしかしたら、50がUnitの棲み分けとして指示したのかもね。正直、50、Yayo、Banks、Buckみんな似たようなトラックを選んで似たような曲を演じたからさ、さすがにマズイでしょみたいな50のマネジメントだったのかも。後に続いたBuckのセカンドも色がしっかり出てたし。
結果的にはキャラ分けの必要などなかったんだけどね。Buckは離脱するし、YayoはA&Rみたいな存在に落ち着くし。むしろ今は50がメロウサイドに流れそうな感じだしね。
セカンドの話に戻すと、メロウ曲は悪くない。Keri Hilson客演+Ron Browz製作という時代を先取りし過ぎた(3年早いとかどんだけ)まさかのクリスマスソング"Help"とか素敵だし、"The Cake"とかMusiq Soulchild参加の"Addicted"あたりは新境地として光ってると思う。"Karma"の流れを汲む"One Night Stand"も間違いない曲。
ジャケもカッコイイ。
ただ、一体どの層に訴えかけてるのかは甚だ不明だったのは事実。キャッチーだからといってポップなヒットは望めず、かといってハード層に"Help"みたいな曲が受け入れられるはずもなく。
ファーストの頃からの課題としてあった「アンダーグラウンドにも訴求力のあるハードコア曲」は結局セカンドでも実現されなかったんだけど、多分ここが一番の失敗なんだよね。"On Fire"とか"Hands Up"とかは結局パーティー曲だしね。
"You Know The Deal (Dollar Bill)"でRakimにヴァースがあれば全然違ったんだろうけど。


その後はいよいよG-Unit自体が本格的な低迷期を迎えるわけです。Kanyeとのチャートバトルでの敗北(2007)もありつつ、Unitの『T.O.S.』(2008)、50の『Before I Self Distruct』(2009)とリリースが続いても大したヒットが産み出せない状況が続く。Thisis50.comの開設は良いニュースだったけど、音楽的な苦戦はなかなか終わらない。Banksも身内の不幸がある中、いくつか力の入ったmixtapeを発表しているけど、メジャーシーンでのリリースはもう二度と無さそうな雰囲気だった……






ところが2010年、Kanyeから賞賛の言葉だったり、ヒップホップファンの合言葉「Nov.23rd」だったり、Banksはいつの間にか熱い存在へと返り咲いているではないか。
昨年まではあり得なかった状況。一体何があったのか、重要なポイントは以下の通り。
① NYハードボイルドの復権
② 韻重視のトレンド
③ "Beamer, Benz Or Bentley"




① ここ最近は絶滅危惧種にすらなりかけていたNYハードボイルドだったんだけど、2009年は違ったんだよね。Jadakissが快作『The Last Kiss』で5年ぶりに復活を遂げると、今度はRaekwonが『Only Built 4 Quban Linx 2』で6年ぶりに(いや、14年ぶりか?)復活を遂げるという、歴史的な一年になったのです。さらには彼ら2人ほど鮮やかでは無かったものの、あのRakim御大の10年ぶりの復活もあったわけで、分類的にこの3人に近いBanksには有難い展開だったにちがいない。シーンにNYハードボイルドが入り込む余地ができたのは、Banksにとって大事なことだったはず。



② 複雑で精巧なライミングを持ち味とするBanksは、ややもすればシーンでも異端であった。大雑把でダイナミックなフロウが主流で、ライムは必要最低限でオーケーみたいな時代が長かったと思うんだけど、それもここ最近徐々に変わっていった気がする。厳密なきっかけが何処にあったのかはわかんないけど、個人的には2009のEminem『Relapse』はひとつの楔にはなったのかなと思っている。ひたすら韻にこだわったEmのやり方がシーンにあらためて選択肢を提示した形になり、ライムマニアなBanksは助かっただろう。



③ まぁ、一番デカイのはコレだよ。①と②を受けてこの③があるみたいなモンだけど、今年頭ぐらいに発表された"Beamer, Benz Or Bentley"のスマッシュヒットは、いろいろな意味で大きかったよね。単純にコレがヒットしたおかげでアルバムのリリースが決まったわけだし。
でもでもそれよりもデカイのが、メジャー進出後の課題であった「アンダーグラウンドにも訴求力のあるハードコア曲」、コレをついに達成できたこと、でしょう。
チャートでも健闘したし、何よりも数多のフリースタイルを産み出される状況になったことがデカかった。ラッパーたちがみんなこぞってフリースタイルをかましたからね。誰が一番上手い替え歌を作れるか競ってたよ、「何とか、何とかor何とか」にあてはまる単語3つをみんな探しまくってて面白かったね。個人的にはJoell Ortizのが良かった気がしますが、それはとにかく、この曲の支持は半端なかった。2006のBusta Rhymes"Touch It"、2008のLil Wayne"A Milli"に匹敵するぐらいのフリースタイル曲として成長していったのです。
では、この曲の何が良かったのか。
大抵、フリースタイルで流行る曲というのは、トラックの素晴らしさや奇抜さで決まることが多い。先程挙げた2曲もそういった側面が強いはず。
Primeの作ったビートは、Red Cafe"Hottest In Da Hood"あたりの流れを汲むヒプノティック系で悪くはなかったが、みんなの心を掴んだのは間違いなくそこではない。
この曲が凄いのは、Banksのラップそのものが、数多くのラッパーたちを刺激し、フリースタイルに走らせた、という事実である。
何かに取り憑かれたかのように、執拗に韻を踏みまくるBanksのパフォーマンスがとにかく圧巻。Kanye"Two Words"での2語縛りのように、「何とか、何とかor何とか」っていうラインに揃える縛りも活かしながら、物凄い執念でライムに拘り倒したBanksには、ただただ感心する。もはやモンスターだよ。凄すぎて鳥肌モン。
客演のJuelz Santanaの存在も大きい。Banks一人では内側に籠りすぎて暗くなりかねなかったところを、Juelzならではの華で曲を明るくしている。役割としてはUsher"Yeah!"におけるLudacrisの果たしてたものに近いと思う。Juelzがいるといないとでは、曲が与える明るさの印象が全く違うと思う。愛車自慢という景気のいいトピックにはJuelzみたいなイケメンがピッタリな人選。ビジュアル的にもBanksと合うし、軽やかなフロウは確かなアクセントになっている。Chamilliomaire"Ridin'"におけるKrayzie Boneなみのコラボレーションと言えるでしょ。
まぁでも、なんつってもBanksが完全にブッ飛ばしている。Banks killed it!









そんな調子で、今一番いい風が吹いている。Lloyd Banksには一番のジャンプを見せてほしいね。
予想としては、『H.F.M.2』は再び手堅い出来になると思う。"Beamer, Benz Or Bentley"で得た支持を確たるものにすべく、ファーストに近いビートセレクションで確実な評価を狙うだろうな。ファーストとの違いは、ゲストが結構華やかになることと、フロウがもっと凝らされること、かな。
少なくともセカンドの時みたいな冒険は極力抑えられるはず。最初の方にも記したけど、これは単なるBanks復活作ではない。『H.F.M.2』はG-Unit復活をかけた大切な一枚だからだ。
ここでしっかり足場を固めたあと、50 Centの再浮上に繋げていくのが狙いなのは言うまでもない。これをきっかけにして、50にも頑張ってほしいね。
結局、時代がどれだけ移ろいゆこうと、大事なのは曲のクオリティだってこと。
クオリティさえ高ければ、絶対に支持を獲得できるんだよ。今回、Banksは"Beamer, Benz Or Bentley"でそれを示したんだ。
50にも強力なシングルが生まれますように。頑張れ。









さぁさぁ、まずはLloyd Banks『H.F.M.2』を楽しまなきゃね。
発売日はNov.23rdであります。耳をかっぽじって待つとしましょうか。






最後までご清聴ありがとう。