No.11 『Recovery』Eminem

ファーストインプレッションを載せた6月24日の記事があるのでそちらを中心に見ていただくとして。
個人的には『Relapse』の方が好きなんだけどね。ガッチガチにラップだけで固めた作りが好きだったんだけど、本人は気に入らなかったみたいで。


今作での好き曲は"Cold Wind Blows"と"Going Through Changes"です。この二つについて書いていきます。

"Cold Wind Blows"は初めて聴いた時はあんまり好かんかったんだよね。Eminemのイメージに引き摺られすぎたトラックのように思えて、せっかくのJust Blazeなのに勿体無いなと。
しかし、この歌の破壊力というのは凄まじいものでして。
ヘッドフォンを重く貫くビートが洪水のように溢れていて大変なのに、そんな中を大股でガツガツ突き進んでいくEmのカリスマ。バシャバシャ跳ねながら止まることなく歩み続けるそのパフォーマンスは、とにかく圧巻の一言。
最近のEmの傾向として、早口でまくし立てるやり方で威圧するパターンが主流だったんだけど。
この曲では、ゆっくりじっくり噛み砕いていく中で完璧に支配し震え上がらせている。
凄いよなぁ、迫力という言葉じゃあ足りないくらいオーラを発しているからね。
冒頭の歌唱も大きいんだよね。ゴスペルのような荘厳な歌がもたらす緊張感。Emを形成する重要なファクター、ピンと張り詰めた緊張感が空気を決定付けている。
アルバムに大して思い入れは無いんですが、この曲があるおかげで結構ついつい思わず『Recovery』を聴き始めちゃうケースが多々。そういう点でも重要な立ち位置を占めている曲ですな。

続いて"Going Through Changes"について。
パッと思い出されたのはDMX"Blown Away"だね。あの感じのドラマチック内省に近いと思う。
過去にも"Mockingbird"とか"When I'm Gone"とかの内省曲はあることはあるんだけど、これらは聴かせ方がイマイチだからね。ひたすら事実を並び立ててるだけで、ちょっとしたスピーチ止まり。芸術性は無かった。今作の"Talkin' 2 Myself"や"You're Never Over"あたりもそのきらいがあったと思う。
でも"Going Through Changes"はレベルが違う。冷静でいるつもりが取り乱していくリアルな情景描写、どんどん内側へ向いていく構成、たった4語なのに心に重く響くフック、そして複雑な想いに向かい合った最後のヴァース。完璧だ。
自らの人生を芸術に昇華させるのはひとつのパターンであり、元々高いレベルにあったのにも関わらず、さらにその上の段階、ここまで緻密で繊細なドラマ性を追求できたのは、Emのアーティストとしての意識の高さの表れである。生粋の芸術家だな。

あと、"Love The Way You Lie"にも触れておきましょう。
メッセージソング的要素を持ち合わせながら凝った聴かせ方で魅せるのは"Stan"でも見られたEmの十八番です。
Rihannaの声もやはりスペシャルだから、とても響くねphysicallyにもmentallyにも。事実、Kanyeの"All Of The Lights"でもメインヴォーカルを担当したわけで、彼女の特別さを示している。
ひたすら謝っているようで最後「家に火付けてやる」みたいな言葉でフィニッシュするあたりは巧いなと思った。現実味、人間味に溢れた絶妙な締め方だと思う。
実際、DVする人はいつまでたってもDVするだろうし。
ただ、この曲の最後フックでちょろっとEmが頭を歌う部分は余計だったかな。プロデューサーのミスだと思う。
似たような形をとる"Space Bound"は凄いいい感じにフックと絡んでるじゃんね。Jim JonsinとAlex Da Kidの差なのかな。


いやぁ、めっちゃ売れましたから、今後もこういうパターンのアルバムが増えていくでしょうね。今回の『Recovery』を雛型にしてアルバム製作ができます。
やっぱり、かつてのように魂を削って音楽を作り続けるのも辛いし。
しかし、それじゃあ興奮はできない。スリルがない。
だって、わりと無難で手堅いだけじゃあ、あんま面白くないじゃんか。
何かインスピレーショナルな出来事があればいいんだけど、多分それはEmにとって不幸な出来事だろうから、それを願うのもあかんし。


ますます次作の持っていき方に注目が集まりますね。
本人が何をチョイスするのか、興味深く見守りたいです。

しばらく俳優業を挟むだろうから、数年後の話だろうけど。