#20 "Steam" Omarion

継続は力なりっていうか、石の上にも三年というべきか、よくわかりませんが。
苦節10年ぐらいですかね、今年のトピックスのひとつとして、John LegendがAll Of Meという曲で初の全米チャート制覇を成し遂げました。
歌い方があの通りですから、どうしても作風は保守的なスタイルになりがちなのは避けられませんよね。安定のジョン伝説節を貫いてきたわけなんですが、それがついに実りの時を迎えたっていう。
ただ、キャリアを振り返ると、1枚だけ、果敢なアルバムがございました。2006年の思い出深い傑作Once Againですね。
トラディショナルなソウルマナーからは少し離れ、展開されたのはわりとフリーなプロダクション。ロックあり、レゲエあり、ゴスペルありの自在な内容で、今あらためて聴き返してみても新しい発見と感情が浮かぶ、充実のアルバムでした。
そんな名盤にひっそりと収録されていたのが隠れ名曲P.D.A. We Just Don't Care。ややポップス寄りですが、いかにもな鍵盤がドラマチックで、夜空の下で囁くような、美しいラブソング。手がけていたのが、僕の大好きなプロデューサーのひとり、Eric Hudsonであります。


当時はたしか19とかハタチとかそれくらいの若造ですよね、まさに新鋭っていう感じでそれなりに話題にはなりましたが。
やはり名声を高めたのはその後リリースされたOmarionEntourageになると思います。今まであんまりなかったような、当時わりと珍しいタイプのアーバンなR&B、オシャレで爽やかで、ひとつ新しい風を起こしたと思いますね。


Omarionはけっこう好きなシンガーなんですよ。声がまろやかでいいし、なんといってもトラック選びにセンスがある。
2006年の21は本当に傑作で、なんか年末のよくわからない忙しい時期にリリースされたせいで世間的にはあんまり相手にされなかった印象なんですが、内容はめっちゃ充実していました。
Timbalandとのダークで悲壮溢れるIce Boxは有名ですよね。それ以外にもいろいろあって、Bryan-Michael Cox製の流麗なダンサーJust Can't Let You Goであったり、ネプによるトライバルなフロアチューンObsessionとか、他にもUnderdogsやSean Garrettあたりの確かなメンツを揃えつつ、白眉だったのは先述のEric Hudsonによる3曲、アーバンでメロディアスなミディアムEntourage、フューチャリスティックで爽快なアッパーElectric、オーセンティックで間違いないバラードBeen With A Star。


Omarion自身はそのあと足踏みを強いられることになるんですが、Eric Hudsonの方はその後さらなる躍進を遂げることになります。Ne-YoのCan We ChillとかLloydのTreat U Good、Trey SongzのMade To Be Togetherとかもう最高の名曲ですよね大好きで。そして忘れちゃいけないのがKanye Westの大名曲Flashing Lights。サードアルバムGraduationは実に素直なヒップホップアルバムで非常に聴きやすいんですが、その中でもこのFlashing Lightsの持つ素晴らしいポップ性とか華やぎ、きらびやかさはアルバムの色を大きく決定づけましたよ。華やぐのがEric Hudsonの一番の特徴・良さで、キラキラ美しく気持ちよく心地よい空間を演出してくれる。
キャリアも長くなり、だんだんと色あせてしまうのも無理はない。少しずつフェードアウト、まぁいくつか仕事もありますが、せっかく大々的に抜擢されたJamie FoxxのBest Night Of My Lifeがイマイチ結果出なかったのが痛かったか。
下降線でしたけど、今回再びOmarionとのタッグが実現。Young Moneyでの飼い殺しも終わり、新たに結ばれたMaybach Music Groupとのディールによって復活を期すOmarionが、やはり一番クリエイティブで充実していた時期に組んでいたEricと組むというのは、よくよくわかる話である。



さて、長くなりましたが。
今回取り上げるSteamという曲が、これがわりと新機軸の路線でして。
じわじわと繊細に優しく、それでいてハチャメチャにやってしまいたいという欲望を隠しきれないでいる歌唱。ここでダンス方面に逃げることなく歌そのもので勝負する決意。決意なのか余裕なのか。いずれにしろ真正面から歌っているのが素晴らしい。
でも何といってもこの曲はトラックの方でして、ゆったりと宙を漂いながら、緊張を細かく刻むドラムパターン、さらには奥の方に横たわる重い感触、まるでディープに眠る狂気を表しているかのようなヘビーな響き。これはいわゆるNoah 40 Shebibの作風じゃないですか。
世間を席巻しているDrakeを初期から支えるこのスタイルが本格的に世に出たのは2009年でして、本来ならみんな真似しようとするところなんですが、特にフォロワーが出てくる感じでもない(強いて言えばThe-Dreamが同じやり方なんだけど、元々彼もこういうのをやってるからね。多少アプローチが違うけど、プロダクションの形としては同じ)ということは、簡単に近づけないような、唯一無二の作風となるわけです。
それをわりと簡単にモノにしているあたり、やっぱりEric Hudson、タダモノではないなと。
しかもただ模倣するだけではなく、いつもの彼らしいメロディワークも健在。彼のいいところはメロディに展開が多いところで、他の人が1曲にメロディの流れを5ぐらいしか搭載しないところを、Ericは9とか10ぐらい用意してくれる。
マイケルジャクソンの偉大な教えのひとつに、「いいメロディが浮かんでも、入れすぎちゃダメ。シンプルな方が胸に響くことがある」みたいなものがあるんですが。
Eric Hudsonの場合は無理なくメロディを流れさせている。継ぎ目なく、跳ねたり飛んだりせず、もちろん無駄に奇を衒ったりせず、穏やかに展開させている。
これこそ文字通りメロディアスというヤツじゃないでしょうか。
勝負どころではトラックを上手く華やがせているし、この人はやっぱりいいプロデューサーだ。
アルバムにはDeeperという曲もあって、こちらはよりボーカルを立たせた曲。
James Fauntleroyの存在は必要ない感じもあるけど、Omarionの歌の旨味があふれた、これまたナイスな曲になっています。総じてレベルが高い。



オマリオンもね、とりあえず新作が出せてよかったよ。
個人的に高く評価していたシンガーなんで、キャリア的に伸び悩んでいたのはすごく歯痒かったんですが、こうしてまたいい形でアルバムが出せたのは本当によかった。次どうなるか、ディールとか諸々大変だろうけど、ぜひ継続してリリースできるよう頑張ってちょうだい。
絶対に次もEric Hudsonと組めよ。



そして、Rick Ross。
この人はやっぱり視野が広い。他のトラップ系ラッパーたちと違って、マネージメント能力がある。ベストを瞬時に判断し、引き出すことができる。
WaleにMeek Mill、まぁStalleyはちょっと勿体なかったね、そしてOmarion
MMGは間違いなく信頼できるブランドだ。