誠意は言葉ではなく金額

僕が前に書いた懸念がBig Seanにあって、それが新作の『I Decided.』においてどのような決着を見せるかが注目だったのですが。
結果としては、なんとも中途半端な印象を受けた。
軟派な作風で行けば手軽にヒットをゲットできる状況であっても安易に流れず、もちろんその手の目配せも欠かすことなく、基本はたくましく硬く構成しているのはいいんだけど、なんかすごい単調なトラックがあったりして、その時間は実に退屈である。Drakeのファーストみたいな、淡々としてるだけで起伏のないオケがいくつかありまして、そういう恵まれない環境下においてもSeanは決して諦めることなく巧みで爽やかなワードプレイをかますことで曲に彩りを加えようと頑張っていたんですが、やっぱり限度というものがある。炭酸水素ナトリウムが結局は弱塩基性だという化学のヤツに似ている。いくら水素があってもナトリウムの塩基っぷりには足りないあの感じと同じで、結局ラップ単体だけでキャッチーにすることは無理で、キャッチーさを構成するのはトラックの方だったという事実があらためて示されている。キャッチー名人のSeanをもってしても無理なんだから、これは歴然たる事実なのである。
たとえハードな曲であってもキャッチーでなくてはいけない。これは僕の持論。この世でハードと思われている曲たちで名曲と称されているものはいずれもキャッチーである。間違いなく。
特にBig Seanのようなメジャーシーンのど真ん中で活躍している人はなおさら普遍性を追求しなくてはいけない。今作はこの点において物足りなさがあった。
ソフト曲にキャッチーさを全て託すという采配だというのか。まぁ確かにTwenty88をフィーチャーというクレジットの"Same Time Pt. 1"のドリーミーな空間は最高に心地良いものだったが、ひとつあればアリバイ工作完了とかあまりにも意識のレベルが低過ぎる。
Jeremihの声が聴こえる"Light"とかもう甘いんだよな作りが。もっと丁寧に作ってほしいんだけど、このサンプリングネタならこんな感じでいいだろみたいな安直な出来上がりになっている。同じEddie KendricksネタならCommonのA Penny From My Thoughtsの方が可愛げがあるし、当然Kanye製作の213"Another Summer"の美し過ぎる完成度には及ぶべくも無い。変に弾き直しをするぐらいならそのまんまEddieの声が入った"Intimate Friends"の上でラップしてほしかったよ。
一聴して確実に耳を捉えたのが"Jump Out The Window"。少しメロディも忍ばせたフロウも素敵だし、控え目にスイートなトラックも主張しすぎることなく滑らかに馴染んで行く。プロデューサー欄を見るとKeY Waneの名前が見えて、納得する。この人は力がある。長い付き合いでお互いを知り尽くしているし、お互いを活かす術をわかっているから。
つまるところ今作はプロデューサーがしょぼかったんだよな。バジェットが縮小されたのか自らの意志なのかはわかりませんが、聞いたこともない名前の人たちが作ったトラックだから、そりゃこんな煮え切らない出来に終始するのも無理はない。申し訳ないけどAmaire Johnsonとか誰やねんってところなんだよ、ぶっちゃけ。
RobGotBeatsは前作の表題曲Dark Sky Paradise (Skyscrapers)を手がけた人か。今回の"Bigger Than Me"も荘厳でクライマックスを飾るにふさわしい良曲だよな。アメリカ人はすぐこういうタイトルをつけがちな印象、まぁJohn Mayerのアレしか思い浮かばないんですが、エレメントというか曲の在り方なんかはJohnとほぼ相似形といえるんじゃないか。途中で女性ラップというか女性ポエトリーリーディングというか女性サーモンのありがたいお言葉が入るんだけど、ちょっと余分だったかなぁなんて思う。大事な集中が途切れてしまう感じがした。ちょっとブレるというか。KanyeもエグゼクティブPに名を連ねるみたいだけど、これについて何か思うことはなかったのか、気になります。
あとは先行カット"Halfway Off The Balcony"が良かったかな、鬱鬱とした重みのあるトラックに複雑なライミングが連なって行くところなんかは、EminemRoyce Da 5'9"直系のデトロイトスタイルと言えるよな。確かな力量を示した名曲。
Eminem本人が登場する"No Favors"は完全に持って行かれている。何回目ですかねEminem murdered you on your own shit。またちょっとシーンから遠ざかっているEmですけど、この曲では相変わらず病的なまでに執拗に韻を踏み倒していて、凄さを通り越した怖さがある。もう二度と過ちを犯すことはないと誓っているはずでそこは信じたいところではあるんだが、そんな儚い信頼も脆いガラスのようにバラバラに散らばる姿が想像に難く無く、まぁなるようになれとしか言いようがない。あんま言いたかないんだけどアーティストとしての賞味期限はとうに過ぎているEminemなので、晩節を汚すことなく、地に足つけて活動してほしいものです。
っていうかマッキーが異常なだけで、これが典型的なRehabパターンなんだろうな。地獄に堕ちたはずなのにそう感じさせずむしろさらなる高みの次元へと到達した槇原敬之が異常なんだよ。みんな精神的に高い次元を目指してお薬を使うというのに叶わず、なぜかマッキーだけが辿り着いたという事実。


『I Decided.』は普通だった。可もなく不可もない。今回の結果を踏まえて、使えるプロデューサーと使えないプロデューサーがまたあらためてはっきりしたと思うから、次回に活かしてほしい。
決してお前の腕が落ちたわけではない。腕はしっかりと磨かれている。今回はプロダクションがゴミだった。それだけだ。


最後ぐらいはいい気分で終われるように、この超名曲をどうぞ。