Jay-Zの映画『Fade To Black』(2004)の解説

最近忙しかったのですが、暇が出来たらやりたいと思いついていたネタ3つのうち、ひとつが表題の件であります。


あんまり褒めてもしかたないんですが、この映画は本当に良く出来ていて、引退報道〜引退作『The Black Album』〜引退ライブ〜引退〜引退ドキュメンタリー『Fade To Black』という、一連の流れを美しく纏めあげた音楽史に残る傑作である。
まぁ引退後にもアルバムもシングルも出るし、しまいには復活するしで全く意味がなかったんですけど。
芸術としては意味がある。意味が大いにある。
何周年的な記念すべきタイミングでもないんですが、ちょうど暇ができたので、今2017年に解説をやります。
ネットで検索しても、くだらないレビューしかないんだよね。まともな批評などどこにもない。
ないのだから、自分で書くしかない。自分で書いて、あとで自分で読み返すしかない。
結局僕がこのブログを書いているのは、自分で読むためなんだよね。
もしこういう内容のブログがどこか別のだれかによって綴られているのであれば、僕はこんな駄文をせっせと書く必要もない。こんなページ潰して、その人のファンになる。




#0:01:20
NYの夜景をバックに「オレは自分自身で幸運を切り開いて行った」
2Pac/Biggieの死であったり、Nasのスランプであったり、911であったり、ところどころで効果的な展開があったのは事実で、いずれかが欠けていたら今のJay-Zはなかったし、歴史はまったく別のものであっただろう。ラッキーだね。しかしながらヒップホップの未来というものを考えた際、トップにこのShawn Carter氏が君臨したことによってメインストリーム化が進んだというか、市民権を得たというか。もちろん賛否両論あるだろうし、正しかったのか間違ってるのかはわかりませんけど、Jay-Zのおかげでヒップホップは大きくなったというのは間違いない。PacもBiggieもカリスマではあるんだけど、彼らはそこまで本気でビジネスをやる感じはなかったと思う。果たして愛があるのかわからんけど、Jiggaはヒップホップをビジネスとして本気でとらえて、極めて真面目に取り組んだ。Puff Daddyのような享楽的なヒップホップは消えて行き、ハスリングという形のヒップホップだけが残って行く。ストリートとの兼ね合いもこちらの方が無難だし、もしかしたら、あの二人を失った反動で仕事に真面目に取り組む機運のようなものが高まっていたのかもしれない。
いかん、のっけから長い。これは大作になりそうだ。


#0:01:39
「オレは世界で最も幸運な男だな。Lucky Lefty」
あんな美しい奥さんをゲットして、子宝にも恵まれて。よかったね。
Eminemレフティーだったね、そういえば。


#0:04:10
"What More Can I Say"のレコーディング風景
集中と緊張が入り混じるひととき。長いやり取りの末に正しいトラックを見つけたJiggaがボソボソとライムを考えている様子。ノートに書かずに手ぶらでそのままラップしてレコーディングするという逸話で有名なJay-Zですけど、もちろんオールアドリブなわけではなくて、実際はある程度頭の中で展開や構成を作って、その上でブースに入っているのだろう。
奥に座っているのはこの曲のプロデューサーのThe Buchanansの人か?ブキャナンズは後にLupe Fiasco仕事で名をあげるわけですけど、たしかに仰々しい感じとコーラスワークはルーペっぽい感触がある。


#0:06:00
NYの美し過ぎる景色からラジオでの様子
Funkmaster Flexとのやりとり。「ライブはコラボとかやるの?」「やるよ」「じゃあBeyonceも出るんだね?」「...ありえるかもね」「急に目を合わせなくなったぞ」「wwwww」みたいな感じ。


#0:10:22
"What More Can I Say"
BiggieのTシャツ。
この歌はT.I.のBring Em Outでのサンプリングでも有名だね。ただサンプリングされたそのフレーズは、かつてBiggieが産み出していたものである…というおなじみの話。血も涙もない。
曲中でBusta Rhymesとか50 Centへの言及があって、興味深い。


#0:13:52
"Public Service Announcement"
The Black Albumを代表する傑作で、とにかく格好良過ぎる。
"U Don't Know"に端を発するJust Blaze流のハードバンガーシリーズ、正統進化を遂げてこのネクストレベルの名曲が誕生。
Blueprintにしろ、このTBAにしろ、いつも取り上げられるのはKanyeですけど、実際はJust Blazeの方が重要な仕事してるんじゃないかとか思っちゃう。BPのアルバムカラーを決定づけたのはIzzoですけど、本人にとって大事な曲となったのはほぼ間違いなくSong Cryの方でしょ。Heart Of The Cityは名曲だけど、人気はたぶんGirls,Girls,Girlsの方があるし。EncoreとLuciferは素晴らしいクオリティの傑作だけど、TBAにおいて重要な位置づけとなったのはDecember 4thとこのPSAであろう。TBAにおいて重要というか、むしろFade To Blackにおいて重要なのはこの2曲であるから。
アルバムの国内盤に付いてた歌詞を見ると、最初は「誰かが撃ったらしいけど、誰も見ちゃいねぇよ」っていう歌詞があったけど、最終的には変更されたらしい。これはNasの"Made You Look"への攻撃でしょうけど、しょうもないね。なくて良かった。


#0:14:55
"Izzo (H.O.V.A.)"
僕はこの曲の良さがイマイチわからないんだよね。
元々ピースフルな歌ではあるんだけど、今回はThe Rootsの演奏があるおかげでよりハートフルな感じの柔らかさがある。
たまに息抜きにこういう曲があるのもいいっていうところか。


#0:22:55
"Nigga What, Nigga Who"
Memphis Bleekも交えてチキチキTimbaland印の倍速乗せ名曲。やたらオリエンタルな演奏になってるけど、この歌のアッパーな魅力は失われていない。歌詞は本当にしょうもないけど、ガンガン行ける。Big Jazさんは可哀想だけど、しょうがない。


#0:25:41
"Big Pimpin"
ジャパニーズ盆踊りムードの名曲。ところどころでこういう気の抜けたシングルを出して、上手く息抜きしてるんだろう。ライブ映えもしっかりするのがありがたい。
原曲はUGKの二人のヴァースが素晴らしすぎて主役は喰われ気味。なのでライブにはBun BもPimp Cも登場せず。そのかわりにUGK"Take It Off"のサンプリングを活かしたDavid Bannerの"Like A Pimp"でのフリースタイルを披露っていう、わかりにくいけどまぁまぁ敬意を表している。


#0:28:26
Timbalandとのレコーディング風景
当時2003年ぐらいはTimboのスランプ期でありまして、大物とのせっかくのレコーディングということで一生懸命ノリノリで健気にビートをガンガン聴かせて行くTimboくんなんですけど、明らかにJay-Zを満足させられるような代物ではなくて、微妙なムードに。「...なんか、もっと弾けたヤツとかある?」「...弾けたヤツね、ちょっと待ちな」っていうやりとりの緊張感ったら。最悪だね。
のちにBP3のメインプロデューサーの件でも無駄に揉めたし、それなりに世話になったわりには、Jiggaの扱いは酷い気もする。まぁでも世話になったっつーてもさっきのNWNWとBig Pimpinぐらいなものだから、大したことないんか。いや、いかんでしょ。
Timbalandでいうと翌年にはLL Cool Jの名曲"Headsprung"があるし、XzibitとKeri Hilsonの"Hey Now (Mean Muggin)"とかカッコいい曲ができるので、タイミングが悪かったんだよなお互いにとって。あと1年待てばより弾けたヤツを届けられたのに。まぁそんな間が悪いTimboだからこそJiggaも鈍臭いヤツとか思っちゃうのかもしれない。
もちろんTimの真の復活は2006年のPromiscuousとFutureSexLoveSoundsだね。よかったよ復活して。
Pharrellもなんとか最近復活したし、ほんと良かった。


#0:32:13
"Dirt Off Your Shoulder"のレコーディング
心底満足したわけではないが、辛うじてマシなトラックを得たあとのレコーディング。
ビートは正直凡庸だが、この歌は歌詞にポイントがあったみたい。何と言ってもCassidyの"I'm A Hustla"ですよね。「アマハスラ、アマアマハスラホミ」でおなじみのあの曲の根幹を成すのはJiggaのこのDOYSのフレーズである。先述のBring Em Outも含め当時Swizz BeatzはちょくちょくJiggaサンプリングで味をしめていたことがわかる。あと他で言えば地味にJuvenileの"Way I Be Leanin"でもサンプリングされてるし、本当に歌詞には見所があるみたいだ。
あと小ネタとして「I'm not a biter, I'm a writer」っていう歌詞が作中にあるんだけど、それを文字ってひっくり返して"I'm not a writer, I'm a biter"っていうディス曲が作られたことがありましたね。こればかりは否めません事実だからね。パクリまくり。
関係ないけど、Cassidyはちょっと柴崎岳に似てる。


#0:33:36
"Hard Knock Life"
アニーをサンプリングしたヤツで、この曲も僕は好きじゃないんだが、本人にとっては大事な曲だそうで。
こういう曲作ったら親とか喜びそう。


#0:34:55
トリビュートタイム
なんか急におっぱじまる謎の時間。みんなで"Mo Money Mo Problems"を歌うところは壮観。その前の"Ambitionz Az A Ridah"での合唱と比較して、やっぱりPuffとBiggieはやり手だし、よりエンターテイナーだと思わされる。何をやってもそんなに批判されないキャラのBiggieの愛されっぷりはとってもレアな立ち位置だった。


#0:38:26
"You Me Him Her"
ここからは怒濤のRoc-A-Fellaタイムに突入、Beanie Sigelも登場して、まずは3本柱でこの名曲を。
Bink!らしい爽やかで少し苦みもあるアッパー。トラックもラップも全体的な雰囲気が実にDynasty時代を感じさせるよね、別にあの時代特別良い曲があったわけでもないんだけど、いかにもRocafellaらしいゴリッとしててソウルフルな感じの、あの時期の作風が好きな人も多いはず。ああいうマッシブなやり方も楽しかった。
あの当時はBleekやBeanieの方に積極的に曲を回していたのかもしれない...とか思ったけど、Bleekとか別に大した曲もらってないよな。B Macは良盤が続いたけど、ちょっと差別みたいなのはあったかも。でもそれは至極真っ当な判断であり、ラッパーとして大きくなれるのは間違いなくSigelの方だからそっちにベターな曲が回るのはまったく無理のない話。もしかしたらDame Dashがやったことなのか?わかりません。
デビュー以降地位を順調に上げて行く一方でReasonable Doubt以外特にアルバムとして当たりがなかったJiggaですが、Dynastyで掴んだ感触を活かして、次のBlueprintに繋げて行くわけだね。このアルバムで初めてKanye WestやJust Blazeが参戦したわけだけど、そこに未来を見たのだろう。Dynastyのストレートなラップ成分をいくつか減らして、より実直で素直な感情を吐露するような感じがBlueprintの肝である。平たく言えばThis Can't Be Lifeをアルバム単位で拡張したのがBlueprintというところか。
ということは、KanyeにとってBlueprintは人生を大きく変える出世作でありながら、実際はあんまり好きなアルバムじゃないということになる。いや、別の人のアルバムとしてなら好きかもしれんけど、少なくともJay-Zのアルバムとしては好きじゃないというか。
有名な話として、This Can't Be Lifeのレコーディングに際してKanyeはこんな逸話を残している。
「TCBLのトラックを聴かせたら即行Jay-Zはワンテイクかツーテイクぐらいでサクッと終わらせたのよ、ほらアイツの早録りって有名じゃん。それでオレに言うわけよ『この出来上がり、どう思う?』それでラップ聴かされて、まぁぶっちゃけオレはシンプルなタイプのJay-Zが好きでさ、だからあんまりこういう複雑なことやってるのは好かないというかなんちゅうか…(笑)そんでオレに聞くわけよ『どう思う?』って。『いやぁマジ最高っすよ』ってね(笑)。そういう言うしかないから(笑)」
IzzoとかNever Changeなんかは典型だけど、意外とHeart Of The Cityなんかはハードだし、Takeoverなんかもストリート寄りだし、Jiggaからのリクエストはソウルフル路線だったけど、実際そこでKanyeが持ってきたのは、いわゆるシンプルタイプJay-Zが見られるようなそういうタイプの曲。わざとあえて持ってきたのかもしれない。自分が聴きたいタイプのJay-Zが見られるように、そういうトラックをわざと用意したというか。
だから、さっきも言ったけど、Blueprintって言う程Kanyeが中心っていう感じがないのは、そういったところから来てるのかもしれない。
忠実だったのはむしろJust Blazeの方で、Blueprintの目指す先をしっかり外さないタイプのプロダクションを用意したというか。Kanyeも別に目指す先を理解してなかったわけじゃないけど、クリエイティブなモチベーションとして納得できなかったというか。
Just Blaze曲のU Don't Knowはトラックこそハードだけど、ラップ自体はトロ臭いというか真っ直ぐすぎるというか、タフさに欠けている。だからこそ生の声っていう印象が産まれる。一方Heart Of The Cityはソウルフルなトラックだけど、内容も構成もタフで逞しくて、ちょっとBlueprintっぽくないとさえ思う。のちに映画American Gangsterの予告で使われてたように、もっとストリート寄りなんだよな。
Takeoverは立ち位置として微妙だけど、落としどころとして適切な見出し方をすれば、MJとポールマッカートニーの"The Girl Is Mine"的な感じと捉えたらいいのではないかと思う。当時の情勢を踏まえた上でのお楽しみ曲。アルバムからは浮くけど、当時を反映する記念として価値があるっていう。Renegadeもそんな感じでいい。


#0:41:41
"What We Do"
Freewayが飛び出して行き、あの最高のイントロが駆け出して行く。Rocafella史に残る名曲にして、Just Blazeのキャリアを代表する重要曲。贔屓目に一番の盛り上がり。
このFreewayとかYoung Gunzとかは古き良きRocafellaを象徴する存在で、ソウルフルなループとマッシブでダイナミズム溢れるラップでかましていく感じは、まさにこのレーベルのイメージと合致する。
鉄砲玉のFreewayも最高なんだけど、JiggaもBeanieもまたその上を行くもんだから、ホントとんでもない曲である。残念ながらSigelの最高のヴァースは披露されず、そのままアナザークラシックRoc The Micへと繋がって行く。
「Leader of the Black Game」っていうフレーズが出てくるけど、もはやJay-Zとかアメリカ音楽界を牛耳る本当の大御所になっちまった。
しかしHilary Clintonが負けて、ちょっと風向きが変わるかもしれない。様子見。


#0:45:08
"Is That Yo Chick"
倍速乗せに定評があるというのは、聴かせ方が巧いんだろうな。
Twistaの滑舌の良さは何なんだろうね。これまた特殊技能であろう。


#0:47:45
Rick Rubinとのレコーディング
今でこそEminemやKanyeなどの大物セレブ系に関わるプロデューサーとして頑張っている人ですけど、そもそもの再興は99 Problemsからであり、誰のディレクションかわからないが、いい発想であった。
オーパーツのような謎のオブジェクトで溢れ返っているスタジオと、相変わらずの毛むくじゃらルックス。佇まいも浮世離れした、仙人のような印象を受ける。
持ち込んだのはタイムレスなロックのグルーヴで、決して物珍しいものではないんだが、今までのヒップホップのストーリーテリングの歴史には存在しなかった、ダイナミックでドラマティックなプロダクション。いろいろな意味で大きい曲となった。
「冒頭をアカペラで始めて、キメでジャーンって鳴らそうか」みたいなわかりやすい説明をJiggaにするシーンがあって、その説明の優しさなんかも仙人っぽかった。
この曲のハイライトとなる、警察との緊張走るやりとりのシーン。先にJigga役のセリフをレコーディングしてあって「それを流してくれ」とリクエストし、若き日のJiggaのセリフを受けての警察のセリフをレコーディングしている。現場に携わる主役もスタッフも全員が超一流。誰もがゴールだけを見据え集中しており、この一連の流れの緊迫感が最高にカッコいい。こういうクリエイティブな作業を見て、ヒップホップなんて低俗だという人はいないと思う。ヒップホップを馬鹿にすることはできない。
完成した逸品。緻密で目の行き届いたRickのプロデュースと、Jiggaの確かな創造力。奇跡のような一曲。


#0:53:23
Beyonceタイム
お待ちかねの彼女登場タイムでございます。当時23歳ぐらいですか、若っ。ルックス的にもピークでしょうかね、いいものが見れます。個人的にBeyonce岩佐真悠子に似てると昔から思ってた。
"Crazy In Love"のド派手なイントロは盛り上がるけど、意外なまでにBが緊張してて、逆に可愛げがある。難しいよな、こんなゴリゴリのヒップホップのライブに出るっていうのは難しい。野郎共はラップを聴きに来てるだろうから、Bみたいな美人とか正直どうでもいいよモードなんだよな。しかも彼氏持ちっていう。っていうか彼氏隣にいるし、みたいな。とはいえこの曲のJiggaのヴァースは最高。めっちゃカッコええ。
Jay-Zのお色直しの間のつなぎで"Baby Boy"。Sean Paulに寝取られないようにShawn Carterは手を替え品を替え頑張ったとか言う逸話があったような気がする。
そんでもう一曲"Summertime"にGFKことGhostface Killahが登場。GFKは見た目から最高だよな、イケてる兄さんラッパー感がかっこいい。ラップは言うまでもなく確かな技量があって完璧だし、歌いまくるのも笑える。そういえばDef Jamとディール結んだ頃かもしれんね、上司と部下の関係。


#1:01:37
レコーディング前後のやりとり
Q-Tipと喋ってるのに遮って何かを伝えるBleekの空気の読めてなさ。いかにもである。
でもぶっちゃけTipも大したこといってなくて、中身の薄い持ち上げでしかなくて、残念。
A Tribe Called QuestJay-Zってなにか関係あったかなと考えて、Can I Kick Itぐらいしかないんじゃないか。
あれか、普通にDef Jam仲間か。
母親のグロリアさんを招いてサプライズっぽいことをやったり、インタビュー受けてるシーンとかが映っている。あんまり大した場面ではないが、インタビューの最中にも韻を踏まずにはいられないJiggaの職業病には、ちょっとびっくりさせられる。


#1:05:50
"Dead Presidents II"
ふたつめの衣装はReasonable Doubt時代のスーツと白ハットのマフィアスタイル。
Jiggaの偉大なところは、キャリア序盤から大物然としていたというか、尋常じゃない金を持った大物ハスラー然とした振る舞いをしていたわけだけど、そこの残像に自らのキャリアを追いつかせたというか、最初からこうなる自分をイメージしセルフプロデュースしていったというところである。だから最初から最後まで、軸がぶれることはないし、同じ男でいられる。
この映画の映像は2004年のものになるわけだけど、デビューアルバムReasonable Doubt(1996)の中で描かれる男Jay-Zは、2004年のJay-Zと何ひとつ変わらない。そこが本当に凄い。
将来ああいう大物になって、ビリオネアになって、イイ女はべらせて、っていう。最初からそうなる未来を描きながらRDは作られていたかのよう。
RD時代の衣装を着て、当時の曲をやる。とてつもなく意義深いことである。
個人的にはDPは2よりも1の方が好きなんだけどね。「1988年に稼いだ金で未だ暮らしてるんだぜオレは」っていうあのフレーズが言いたかったのかもしれない。
あと個人的にはDead PresidentsよりもThe World Is Yoursの方が好き。


#1:07:47
"Where I'm From"
Jiggaのハードサイドを代表する名曲。激シブ。
客もみんなわかっていて、あそこの部分何て言うんだろうとそわそわしながら観てたはず。
「誰がベストなMCなんだ?ビギー?Jay-Z?それとも…」
観客に正しい歌詞を言わせ、自分は口にはせず。観客は思わず言っちゃったっていうリアクション、間髪入れず「Nah」とクールに切り捨てるところで沸く、っていう流れ。


#1:09:10
"Ain't No Nigga"
当時のヒット曲であるが、まぁまぁの黒歴史。一応Foxy Brownを呼んで義理を果たすが、絡みが実に薄い。Jay-Zのそういう男女の機微の不器用さというか慣れてない感じは親近感が沸いて、引きこもり系ヒップホップヘッズには受けがいいのかもしれない。でもヒップホップヘッズって基本リア充だろうし、無駄かも。


#1:13:03
Kanye Westとのレコーディング
「Black Albumはたぶんブラックムービー(≒ブラックスプロイテーション)的な傑作になるだろうから、映画のシーンで流れるような曲にしたいんだよね」っていうカニエの言葉からスタート。
3大定番サンプリングのうちのひとつFunky Wormと、これまた有名ブレイクKool Is Backを合わせた、シンプルながらもブチギレまくった強烈なビートに早くもJiggaはご満悦。Kanyeの本気モードに喜びを隠しきれない様子。
「音楽業界での楽しみとして、自分で自分を確立していく新人を見届けるっていうのがあるんだ。ゼロから始まったヤツがいっぱしの大物になっていく姿っていうのは、自分のことのように嬉しいもんなんだよ」
映像ではKanye Westの名曲Last Callが流れていて、たぶんほぼ出来上がっていて、聴かせているんだと思う。ご存知の通りKanyeの半生を長々と13分近くにも綴った名曲であり、愛と感謝と自負が溢れた最高の名曲。「なんだよコレ」と苦笑するJiggaですけど、Kanyeの無限に広がる感性に心打たれてるシーンで、その表情が本当に印象的。このあとにJiggaの声も録って曲に乗っけたと考えると微笑ましくもあり、あの冒頭の有名な「ファッキューカニエwwwこんなことさせやがって馬鹿野郎」のセリフもまた違う聴こえ方がすると思います。
再び冒頭のシーンに戻り、"Lucifer"のレコーディング風景。カニエが用意したオケが流れる。特筆すべきはそこには既にカニエのラップが入っていて、当時の相変わらずのヘボラップに現場に居合わせたメンバーはJigga含めみんな生温かい笑みを浮かべるんですけど、のちにフレーズそのものが完成品に残っているという事実を鑑みるに、かなりのクリエイティブコントロールJay-ZはKanyeに与えていたんだなという信頼がわかる。これだけの大御所に対し、歌詞も含めた曲のコンセプト全体をディレクションしていたという度胸と地力に、あらためて震える。若き日のカニエがもうアイディアに溢れ、即興でラップしながら曲を組み立て構成して行く中で、その圧倒的な才能に感服しながらも冷静に整理し、自分のモノにしながら力強く完成させるJayもまた特別で偉大な男である。
悪魔に魂を売り、親友を殺めた男に復讐するという、そんな曲。ライブでは使えないだろうけど、芸術的で美しいヒップホップとなった。
見事完成した曲をあらためて流しているシーン。スタジオにいる人々みなが胸を打たれ虜になる中、努めて冷静であろうとしながらも、何かあまりに大きな創造の瞬間に立ち合った事実に対し高揚を抑えきれないかのようなJiggaの最後の表情もまた、実にすばらしいものである。
締めくくりに"Lucifer"のイントロに挿し込まれるフレーズがバックに流れる。「カニエまたやってくれたな、オマエ天才すぎんだろ!!!」たぶんレコーディングの最中に高ぶりまくったJiggaの本心からの叫びを、ちゃっかりカニエが録っておいて、あとで勝手に載せたんだろうな。そういうのも好きだぜ。


#1:16:47
"Can't Knock The Hustle"
当然のようにMary Jが参戦。落ち着いたムードで披露される。
無名の新人がデビューアルバムにいきなりBiggie、Mary J、Premoを起用できているわけですから、やっぱりコネって大事よね。
Jay-Zの原点にして、全てを凝縮したような名曲。
僕も仕事で嫌なことがあった時、あるいはキャバクラに無理矢理連れて行かれた時とかによくこの曲が頭の中を流れますね。
お金を稼ぐその稼ぎ方に文句は言えないっていう。確かにそうかもしれん。


#1:20:58
"Song Cry"
デビュー以来徹底して感情を殺して来たJay-Zが初めて素直に想いを吐露した名曲。この曲がBlueprintの在り方を決定づけた。間違いない。僕もさっきYou Me Him Herの項で「Blueprintは感情を吐露…」とか書いたけど、実際そう吐露された曲って別に3曲か4曲くらいしかないからね。それでも僕がBlueprintをそう捉えてしまうほど、このSong Cryっていう曲のインパクトは凄かったし、存在感があった。
サンプリングの美しさからカニエプロデュースかと思う人がいるかもしれないが、これはJust Blaze製でございます。カニエならもうちょっとひねるはず。もうちょっとアイディアを組み込むと思うよ。


#1:27:02
R. Kellyとのコンビタイム
今となっては虚しい感じですが、Kellzとのコラボ。表題曲とかカッコええけど、全体として至らない企画でした。Jiggaって正統派なラッパーでガッチリやりたい人だし、Trackmastersはひたすら手堅いだけのプロデューサーだからね。まぁでも最初の企画の通りに2PacとKellyで組めたとしても同じような着地になっただろうな。Pacの方がまだ表現力の幅があるからマシかもしれないが、ラップのスタイルはひとつしかないし。
変幻自在な人か、あるいはブルージーなラッパーと共演する。そんでプロデューサーはもうちょっと攻めれる人にする。
Kellzと相性がいいラッパーで言うと、BiggieとSnoopが思い浮かぶ。あんまりベスト感ないかもしれないが、どうせならSnoopとコンビ組んで欲しかったよ。


1:31:15
The Neptunesとのレコーディング風景
まずPharrellがJigga本人に電話してるところから。
「去る前にあと最後にもうひとつ仕事があるだろう。それにふさわしい曲を用意できたから」って自信満々な様子。
Jay-Zが到着してからも、いろいろ喋るファレル。「Carlito's Wayでもそうだっただろう、こうエンディングで云々」なんかやる気ないJiggaは「スピーチはそれで終了かい?」
それでAllureのトラックを流すわけですね。ファレルは手応えを掴んでカメラにポーズを送りますが。
まぁぶっちゃけると、Jiggaはこのトラックにハマってないというか、気に入ってなさそう。
それでもファレルには世話になったし悪いトラックではないからみたいな義理があったのか、一応レコーディングしたっていうところか。
当時2003年のネプで言うと『Bad Boys II』のサントラがあったよね"Show Me Your Soul"は魂踊る名曲だった。あと本人達のリーダー作『Clones』があった。これも中身は充実していて、ファレル渾身の繊細な美曲"Frontin"とかが含まれていた。
ただ2001とか2002と比較して明らかにペースは落ちたし、クオリティも落ちている時期。かつてのギラツキも失われているし、マンネリが押し寄せている雰囲気はありありだった。
たぶん先にThe Black Albumの先行カットChange Clothesをレコーディング済ました後のAllureだと思うんだけど。
Jiggaの目利きはわりと本物なので、Change Clothesであんまり感触がよくないセッションだったから、たぶんこのファレルが用意した新曲もあんまり大した曲じゃないんだろうなっていう読みがあって、それでああいうテンションになって、ああいうファーストリアクションになったのかなと思う。
さっきKanyeとかRick Rubinとのレコーディングを観てるからね。あの時はJiggaも明らかに気持ちが入っていたから。前のめりになって集中していたけど、このファレルとかティンバランドとのセッションは… はい。
実際Neptunesはその後失速して、一応Snoop Dogg"Drop It Like It's Hot"とGwen Stefani"Hollaback Girl"でチャートを制したりとそれなりに大きな曲を産んだりも出来てるんだけど、かつてのようにチャートにガンガン食い込んだりするようなことはなくなってしまった。まぁ昔が凄すぎただけなんだろうけど。
いつのまにかChad Hugoが離れ、PharrellひとりでNeptunesプロデュースみたいな時代が長く続きましたが、さすがにChadに申し訳なくなったかファレルひとりでプロデュースするときは名義もproduced by Pharrell Williamsにいつのまにか正しく表記されるように。すると期を同じくして?復調気配が俄に高まって行く。2012年は久しぶりに当たり年でFrank Oceanの"Sweet Life"、Rick Rossの"Presidential"、Kendrick Lamarの"good kid"とかの大物仕事が連発されスポットライトがじわじわと戻って来て、翌年2013年にはDaft Punkの"Get Lucky"が大爆発。シーンにディスコムードを持ち込んでトレンドを産み出したあと、それを活かしてのRobin Thicke"Blurred Lines"がこれまた大爆発。2014年初頭にヒットした"Happy"も2013年にリリースされてるし、復活は2013年といえるでしょう。
つまり10年近くかかったということなんだよな。ファレルをもってしてもこれだけの年月を要したっていう。アメリカ音楽業界も厳しいよな。


#1:33:50
"I Just Wanna Luv U (Give It 2 Me)"
結局ライブではChange ClothesもAllureもやらないというのがJiggaのシビアで集中しているところだろう。
Dynasty時代の強烈なバンガー、やっぱり勢いが違う。ギラギラに派手に輝くビート、美しく浮遊するPharrellのファルセット、ラフに豪快にかますJiggaのラップ。突き進み続ける怒濤の一発。
途中Carl Thomasの歌詞が出てくることもあって、演奏隊のThe Rootsが気を利かせてか名曲"I Wish"が流れる。この演出は良く行われるけど、超絶誰得。


#1:35:54
"Encore"
この曲もカニエのプロデュース。
カニエとジェイで共通するのは、二人とも大きくて魅力的な青写真を描いてそれを曲にし、後にそれを現実にするというところ。
歌詞を作る段階で最後のライブはマディソンスクエアガーデンでやると心に決めていたのだろう。だからFrom Marcy to Madison Squareという歌詞が出てくる。MとMで頭韻を踏んでいる。
映像の途中レコーディングの風景が出て来て、カニエが興奮気味に喋っている。「ここの部分でジェイは舞台からはけて客にHOVA(=Jay-Zの愛称のひとつ)、HOVAっていうコールをさせる。最高に盛り上がったところでジェイが出て来て、また客がアホみたいに叫ぶ、そして最後のヴァースになだれ込む」実際にEncoreという曲はそのような構成がなされており、そしてカニエの目論見通り、ライブにてJiggaがはけてHOVAコールが起こり、その声がマックスに達した後Jiggaが帰って来て、興奮の極みに達する。
Jay-Zも天才だし、Kanyeも天才である。本当にそう思う。
3rdヴァースもカッコええんだけど、ライブFade To Blackでは披露されず、いよいよ大ラスを迎える。


#1:39:57
"December 4th"
この感動的なライブのラストを飾るのは、みずからの誕生日を名に冠したこの名曲である。
自らの半生を簡潔に語っているが、やっぱり見せ場はラストのフレーズ。
「オレをしょぼいって思うんだったら、それはオマエの価値観がしょぼいってことなんだろうな。まぁyou will love me when I fade to black」
ここでもそう。このフレーズを思いついた段階でラストライブのタイトルと、ラストの曲、演出が決まった。いつだって大きくて魅力的な青写真が描かれ、それが曲になり、そしてそれは現実になる。
最後繰り返されるこのフレーズをラップし終わると、明かりは静かに落ちて行き、舞台は緩やかに暗闇に覆われる。やがてJay-Zの姿は、ゆっくりとその闇の中へと消えて行った…




おしまい。長かった。文章長過ぎる。
さて、ここでひとつ問題が生じた。もしかしたらこの文章を読んでくれた人の中に『Fade To Black』見てぇ〜〜〜!!!と思ってくれた人もいるかもしれない。しかし今YouTubeで検索したところ、フルサイズの映画は特にアップロードされていないではないか。
当たり前だ。なぜなら違法。ダメですよ。そんな邪な考えは。
まぁでもどうしても気になる人もいるかもしれない。探したら映画の中の一部を切り取った動画があったので、それを最後貼って置きます。
厳選された重要シーンなので、これだけ見てもらえれば満足よ。
よろしく。