ホント急でゴメン

山王工業高校バスケットボール部の堂本五郎監督が無能であることは散々議論され尽くされてきたネタではありますが、今回は普段あんまり語られていない内容で攻めてみようと思う。
ディフェンス時のガードのマッチアップ。
宮城リョータに深津一成を、三井寿に一ノ倉聡を。まぁ無難なところなんでしょうけど。
深津の苦手な、小さくて素早いタイプじゃねーか』っていう河田の警戒に対し、『抜かれないように少し離れて守ればいい』と余裕たっぷりにのたまう深津。いやぁ離れることでより自由にゲームメイクできると思うんだよねプレッシャーが弱まる分。っていうか終始ブチ抜かれまくりでしたやん。このマッチアップでの劣勢は敗因の一つでしょうね。
いやそれよりも三井に一ノ倉ですよ。初戦に守備的な選手を入れる采配もどうなんだとは思いますけど、それ以上にシューターにこういう小さい(171cm)けど粘り強いタイプのディフェンダーをつけるってどうなの。一ノ倉が得意とするディフェンスっていうのは想像するにドライブに対してしつこく最後まで対応する感じなんじゃないのか。スラッシャーの果敢なアタックに対して切れることなく粘りを見せて付いていく感じの。もちろん多少は効くんだろうけど、三井に対して最善のディフェンシブなアプローチだったかは疑問符がつく。
振り返ってみると、たったの8得点に抑えられた海南戦が一番のヒントになっていて、武藤正 (184cm)や神宗一郎 (189cm)のようなタッパがあるマーカーの方が手こずるんだろうなと思いますね。
そう書くと「じゃあなんで翔陽の長谷川一志 (190cm)は三井をイマイチ止められなかったんだ?」という疑問が出てくると思うんですが。あれは中学時代の三井を知りすぎているが故の過多なリスペクトがもたらしたミステイクだと思いますね。高校3年生でバスケを再開した三井は、かつてのオールマイティなスタイルからよりピュアシューターのような立ち回りで活躍を重ねていたわけですが、きっと長谷川はかつてのやり方で攻めてくるだろうと思って守っていたところ、思いのほかロングレンジに特化していて対応できなかったんだろうと考えています。多分ペネトレイトも半分くらい警戒していたんだろうけど、実際はスポットシューターぐらいの勢いでスリーを撃つプレイヤーになっていたっていう。
話を山王に戻して、もし堂本がしっかりとしたディフェンスを構築するのであれば、一ノ倉を宮城につけて、深津を三井につけるべきだったと、僕は思います。
一ノ倉のスタミナとスピードがあれば宮城の突破にある程度対応できただろうし、もし宮城を消耗させることができたら展開は全く異なったものになっていたと思う。リョーちんこそ替えのきかないプレイヤーなんだよな本当は。
三井も深津 (180cm)が相手なら、あんなに思い切ってスリーを撃てなかったと思う。
2番を1番に、1番を2番に付かせる。
ここでもしかしたらこれを読んでくれてる人の中で「そんなポジションの違う相手とマッチアップするような戦術が当時のスラムダンクにあったんかいな」と思う人もいるかもしれません。
ありますよ。結構あります。
3番の仙道が1番の牧に付くシーン。
2番の三井が4番の福田に付き、3番の木暮が2番の越野に付くシーン。
そしてそして。2番の宮益が1番の宮城に、3番の神が2番の三井に、2番の清田が3番の木暮に、5番の高砂が4番の桜木に、1番の牧が5番の赤木に付くシーン。(番号は一応ナチュラルポジにしてます)
こうやって書くと如何に海南が異常なことをやっているかがわかりますが、またそれは別の機会に話しましょう。


深津は「ヘタレなJason Kidd」といったところでしょうか。サイズがあって、視野が広くて、得点力はさほどないけど、スリーは一応ある。
ディフェンス面での貢献の低さもさることながら、深津が湘北戦でいただけなかったのは、オフェンスの組み立ても最低最悪だった点。ゲームメイクもクソもなく、オフェンスは沢北のアイソレーションと河田兄弟のポストアップがほぼ全て。河田兄のシュートレンジを活かしてのピックアンドポップは凶悪な威力を持つだろうに一切披露することはなく、また試合前堂本監督が言っていた深津のポストアップからのゴール下もほとんど見られず。
あれはないわマジで。