Eminem『Recovery』第一印象

端的に言えば、こんな感じ。
『Relapse』が『American Gangster』なら、『Recovery』は『The Blueprint 3』にあたる。


では、具体的に触れていきますね。
パッと聴いて印象的だったのは、無理ない程度に広げられたプロダクションと、毒はあるが振り切れてはいないリリック、といったところでしょうか。


1)プロダクション面
初めて大々的に外部プロデューサーを招いたわけですが、どうですかね。
Just Blazeは緩かった。Emのイメージに引っ張られすぎたり、まんまMaino"All The Above"二番煎じだったりで、あんまり面白くない。爆発力のあるバンガーを期待してたんだけど、そういう感じは求められてなかったのか。
Denaunも従来の立体的なプロダクションを見せるわけでもなく、Emの作りそうなデトロイト・ダークサイドなトラックでしたね。パンチに欠けてたかな。
注目のBoi-1daもさほど特筆すべきモノを残してないような。今のところアイデンティティを見せきれてない気が。
傾向としてざっくり言えば、ロック度がまた一段と高まりましたね。『The Eminem Show』も『Relapse』も充分すぎるくらいロックだったが、その2つはDreならではの重めのロックだったのに対し、今作はもっと幅広い範囲のロック。軽いアコースティックなジャムもあれば、スタジアムスケールのシットもあったり。
感じとしてはB.o.Bの処女作、Weezyの『Rebirth』の折衷的なバランスでしょうか。(言うまでもなく、Emは両方に客演を果たしている)
まあイマドキな雰囲気ではある。目新しさもあんまりない。ただ、あのEminemがトレンドを多少意識しても許される段階まで来れたというのは、ひとつポイントでしょうね。
耳を惹いた曲は"Won't Back Down"と"Cinderella Man"の2つ。
"Won't Back Down"はなんつーか、単純にカッコよさを感じさせる曲。この曲に留まらず自らのレパートリーをフルに発揮しながら、Emをネクストレベルへと導いたDJ Khalilの功績は大きいと思う。アルバムにエッジをもたらした立役者でしょう。そして、P!nk kills it.としか言いようがないね。
"Cinderella Man"はやたら斬新でインパクトがあった。分かりやすくスタジアムをロックするトラックも悪くないし、一筋縄では行かせないコーラスワークもなかなか。Script Shepherdという人は面白い仕事をしました。
あと、Havocによる"Untitled"も印象的だったね。享楽的なムードの中に潜む狂気が実にドープ。Havocもさらなる高みへと突き進んでいるみたいで嬉しい。
ゲスト陣にも少し。RihannaとLil Wayneは手堅めの出来に終始。ただ"No Love"におけるEmとWeezyの複雑な絡みはひとつハイライトになったかな。近い将来、一緒にアルバム作ったりするかも。


2)ラップ
前作から今作にかけて、Eminemはいろいろと録音物を残していますが、大まかに分けて3種類のラップを披露している。
一つは"3 AM"で見せたような「従来のSlim Shadyよりも陰惨で狂った殺人鬼ラップ」。
一つは"Forever"で見せたような「ストレートなバトルラップ」。
一つは"Airplanes Pt.2"で見せたような「多少のクサさもいとわないシリアスラップ」。
この3つのうちのどれか、特にバトルラップが今作の中心になる読みがあったんですが。
実際はどうですかね。大体3つとも登場したかな。
特筆すべきは、具体的な人名を挙げることがグッと少なくなり、仮想敵やスピリチュアルな側面を導入している点。
これも『Relapse』で拡張したからこそ、である。ある程度の抽象性が許容されるレベルまで持ってきたことが、そのまま今作のリリックの自由さに繋がっている。
ということで、歌詞については、『Relapse』ほどの芸術性はないけど、相変わらず充実してるので、いろいろ時間をかけて噛み砕いていきたいですね。

そういや、細かい話をすれば、"Till I Collapse"以来となる「オレが認めてるラッパー発表」がありました。
Weezy、T.I.、Kanyeの3名ですか。おめでとうございます。



[総括]
テーマは「拡張」でしょうか。凝り固まったイメージから解脱し、もっと幅広い選択肢を選べるように、いろいろな音楽を作っていっても許されるように、自らの可能性を拡張したみたいな。
イデア的にはB.o.Bの相似形ではあるものの、まずまずのクロスオーバーを実現させたのではないでしょうか。
しかし、残念だったのは楽曲の粒がイマイチ揃わなかったこと。キャッチーな曲、圧倒する曲が多くはなかった。
元々サビもよく歌ってたEmだけど、Drakeあたりの流れを意識してか今回はガッツリ歌い込んでます。そのメロディが若干、希薄だったというか。
ラップは鋭かったけど、テンポを落とし気味なことも相まって、凄みみたいなものは無かったかな。"Underground"での鬼気迫るパフォーマンスに匹敵する曲はありませんでした。まあ、これはEmの意図したところかもしれないが。

結果的には、過去のクラシックスと比べて地味な一発になったかもしれん。
ただ、これは今後への布石。これからのキャリアの可能性を広げた、という歴史上のターニングポイントになるかもしれない。
あそこでああいうアルバムを作っといてホント良かったな、と思えるようなキャリアになってほしいですね。そう思います。