808s & Heartbreak

まず歌詞なんだけど、意外でした。想像してたよりも抽象的で、そんなに愛に溢れたものでもなかったね。勝手に僕の中では"Bittersweet Poetry"とかJay-Z"Song Cry"みたいな内容なのか思ってたけど、John Mayer『Heavier Things』の感じに近いかも。今までのKanyeは、<黒人の立場>とか<人間の自意識>とか<玉の輿>とか具体的なテーマに対して、かなり具体的な言葉を並べてた(まあ、hiphopはそうしなきゃいけない所がある)から、これは新鮮だ。
歌詞が立ちすぎると、本質が見えにくくなるから、敢えてスペースを残したのかな、とも思う。
じゃあ本質は何でしょうか?恐らく、<母親や彼女との別離に対面して溢れ出した哀しみ>なんだと思うんだけど、やっぱりそーゆーのは言葉にすると陳腐で物足りないものにしかならんからさ、あんだけリリシストで鳴らすKanyeでも敢えて真っ直ぐな表現を避けて、輪郭のぼやけた言葉たちを並べたと思う。
そうそう、今回オートチューン全開なのも、歌のヘタさをカバーし、コンプレックスいっぱいの声を変えるのと同時に、歌詞をぼやかせる狙いもあったかもね。まあ単純に流行りモンだから使ったというのが一番でしょうが。
一部Nepばりのエレクトロもあるけど、全体的にトラックは凄くアナログ感が出てるよね。やっぱり思い出を語るときには、こういう感じのBGMが一番しっくり来る。むしろ、感情は全てトラックの雰囲気に託した?ムードで感じろよ、みたいな。元来トラックメーカーなんだから想いはトラックに込めるのが一番カンタンだとか?
さて、問題はKanyeによる歌です。
あのね、まず僕はラッパーの歌心というモノを信じているタイプの人間です。要は、ラッパーは決して音痴ではないということ。DMXとか50とかは言うまでもないし、例えばEminem"Hailey's Song"とかNas"Street Dreams"や"Me & You"、SnoopとかGFKとかDevinの諸々とか、枚挙に暇無し。そりゃhiphopだって音楽なんだから、hiphopperが歌心あったって全く違和感無し。
Kanyeもセンスを抜群に備えている。これは間違いない。例なんて幾らでも挙げられます。Common"Chi-City"のoutroでの鼻唄、めちゃくちゃ絶妙じゃん。自分の"Spaceship"とか"We Don't Care"とかは一緒に口ずさみたくなるぐらい最高じゃないですか。だからボーカルに関しては何も心配して無かったし、実際よかったでしょ。親しみやすいヘタウマはMos Defみたいでした。
ただ、問題はメロディーでした。Kanyeはプロデューサーだが、生粋の作曲者ではない。だから、まともに一曲分のメロが作れるか、すごく心配でした。
Snoop"Sexual Eruption"が今年の頭に流行った時に、みんなほどはしっくりこなかったんです、僕は。やっぱりメロが単調なんでね。
ちなみに僕はT-Painのメロもあんまりなんだよね。"I'm Sprung"は良い曲だと思うけど"Bartender"のキャッチーさは変に思えるんです。なんだろ、どこか大味な感じがするからかなぁ。
で、Kanyeが採った作戦はAkon式でした。まあAkonに限らず皆さんもやってるかも知れないが、AメロBメロはやや棒読み気味のリフレインにして、サビは渾身のメロディーラインをぶちかますと。
これが結構ハマったのでは。結果AメロBメロ共になかなか味があるし、サビもイイカンジじゃないですか。サビだけならKanyeも最高の作れるでしょ。よく考えてみれば、超美メロ曲のAlicia Keys"You Don't Know My Name"のプロデューサーなんだから、いいメロディーも作れんです、Kanyeは。
(Akonの名前がが出てきたのは、"Heartless"がFabolous"Change Up"っぽいからですね。)
こーゆー内省的なアルバムに対して、師匠(=NO I.D.先生)を呼ぶのもわかります。よくスポーツ選手とかが悩んだ時に高校時代の監督とか恩師のトコに行くでしょ。あの感覚です。
で、結局このアルバムは何だったのか。
ある人はこう言ってます。「素晴らしいラッパーはキャリアにおいて必ず1枚は糞アルバムを作る。Kingdom Come,Encore,Infamy,The New Danger,Electric Circus,LAX,そしてこのKanyeのアルバム...つまりKanyeが一流である証だ」と。
でも、コイツは悪いアルバムではないし、それどころか最高にポップな楽しい傑作です。それに、Kanyeは一流じゃなくて、超一流です。
とある人はこう言ってます。「これはKanyeにとっての『The Love Below』にあたるアルバムだ」と。
確かにそんな側面もなくはないが、2つは出自が全く異なる。『The Love Below』が、ラップというものに失望した(飽きただけ?)Andreが大好きなPrinceのコスプレで作ったアルバムなのに対して、『808s〜』は溢れ出す自らの想いをリスナーに最も伝わりやすい方法、つまりトレンディなオートチューンを使っての歌で伝えようとしたアルバムである。
(やはりラップというのは伝わりにくいのよ。わかりやすい例だと、『Tha Carter 3』の"Dontgetit"にてWeezyは一番言いたかったことを最後に普通に喋って伝えたんだよね。その気になればWeezyならいくらでもラップにできたはずなのに、ってことです。)
このアルバム、まだ僕も自分の中で完全には消化できてないんで何とも言えないんですが、何はともあれ《結局Kanyeは凄まじかった》というのが一番妥当な結論にあたるかと。